第30話 福と家康

 数日して福は城へ帰ってきた。


「福!どうだった!?」


 部屋に駆け込むやいなや桃子が福に迫った。その姿に紫乃は戻って間もない福の体を案じて「桃子様!」と叱責する。

 変わりない光景に福は笑んだ。そして福は語った。


 駿府城に着いてすぐ、福は家康と対面した。そして秀忠やお江の国松を将軍に就かせようとする企てを知らせた。


 初めこそ、家康は自身の息子がその様な狡猾な真似はしないだろうと信じなかった。

 しかし、福は竹千代が冷遇されている事実とそのわけを話した。その上で竹千代の近頃の様子——吃りの完治や食嫌いの克服、さらに奥女中達からの信頼などを力説する事で、将軍になる者として不足でない事を伝えたそうだ。


 すると家康は福の熱のこもった眼差しに心を動かされたらしく、近いうちに江戸を訪ねると約束した。


 福の熱弁に家康は竹千代の乳母に福を任命した事に間違いなかったと改めて自画自賛した。


「そちは、やりおるの」


感服する家康であったが福は真を伝えたいと思った。


「私の力ではございません」

「なんと」


 家康は眉を上げ丸い目を大きく見開いた。福の脳裏には桃子の姿が浮かぶ。


「町で出会った破天荒極まりない、とある女中の閃きが功を奏したのでございます」


 福の言葉に家康は面白そうに笑う。


「ほう…そちが言うならば、たしかに骨のある女とみた」


 家康は、一度目にしたいものだ、と高らかに笑った。福も同じく笑った。



***



「桃子、全てそなたのおかげじゃ」


 全てを話し終えると福は桃子に微笑みかけた。


「ちょっと、なんか恥ずいんだけど」

 と照れる桃子であった。


 次いで桃子は福が不在の間の出来事を語った。


「そうか、竹千代は思いとどまってくれたか」


 福は安堵の声を漏らした。


「またも、そなたに救われたな」と福は言う。

 そして福は脇息きょうそくにもたれた。これまでどんな時も背筋をしゃんと伸ばしていた福。桃子にとって初めて目にする福の気が抜けた姿であった。


「妾は少し疲れた」


 桃子は初めて福が弱音を吐いたような気がした。しかし、不思議とそれが嬉しかった。

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