第26話 レンの思い出〜バースデーイベント〜

 桃子にとってその日は夜の歌舞伎町が一段と輝かしく見える日であった。なぜなら、桜庭レンバースデーイベントの日であったからだ。


 桃子はこの日のために貯めた札束を小さな丸っこいピンクのリュックサックに詰めて店にやってきた。


 入店してすぐの通路に彩りの花々が連なっている。立札には桜庭レン様ハッピーバースデーというメッセージと贈り主である姫の名前が添えられていた。その連なりの中に桃子が贈った、レンが好きだと言っていたパープルのバルーン付きの花があった。

 桃子は胸いっぱいに何か大きなものが込み上げてくる感覚を得た。


「桃ちゃん来てくれてありがとう」


 桃子が卓に着くと、すぐにレンはやってきた。金髪のマッシュ頭は珍しく前髪を上げ、綺麗な顔が覗いていた。純白なスーツはレンの儚さをより一層と引き立て、まるで白馬の王子様のようであった。

 桃子は、ぱっと笑顔を弾けさせた。


「レンくんお誕生日おめでとう!」

「桃ちゃんにお祝いしてもらえて嬉しいよ」 

 とレンは桃子に距離を詰める。

 

 桃子は急に綺麗な顔が近づいたものだから慌てて顔を逸らし、背に置いていたカバンを取り出した。


「レンくん!見て!」


 桃子はカバンの中いっぱいに詰めた札束をレンに見せた。

 間髪入れずにレンは「桃ちゃんこんなに⁉︎」と、わざとらしく驚いた。その姿は、もうすっかりと手慣れたホストの風格である。


「桃ちゃん、本当にありがとう。おれ、桃ちゃんのおかげでここまでやってこれた。今のオレがあるのは桃ちゃんのおかげだよ」


 レンは、しみじみとした口調で言う。桃子は泣きそうになりながら、うん、と頷く。


「桃、今日のために頑張ったんだもん。レンくんも頑張ってきたんだもんね。桃、レンくんに会えて良かった。桃、今すごく幸せなの」

「うん、オレも。桃ちゃんに会えてよかった」


 レンは自然な動作で桃子にハグした。すっぽりと収まってしまう桃子。桃子は細くて病的に見えたレンから男らしい姿が垣間見え、胸がキュッと締め付けられた。

 桃子は込み上げた思いをいっぱいに、

「シャンパンタワーお願いします!」

 と大きく声を上げた。

 その声にレンや他のホスト達がやまびこのように応える。


 煌びやかな光を放つシャンパンタワーと桃子の卓を囲むキャスト達。桃子は目の前の光景に目が眩んだ。

 マイクを片手にキャストが何か言っているようだが、他のキャストの声が入り混じったり、別卓の音や店内音のせいで、桃子の耳には意味を持った言葉に聞こえなかった。


「じゃあ、桃さんから一言!」

 と突如、桃子の前にマイクが差し出される。


 桃子は慌ててマイクを握った。そしてこの瞬間の為に用意していたセリフをマイクに発した。


「えっと…レンくんお誕生日おめでとう。前の担当が飛んで、行き場を失った桃の前に現れたレンくんは、白馬の王子様みたいで、運命の出会いだと思いました」


 桃子は緊張と感動が入り混じり、声が震え、泣きそうになった。それを察してレンもぐっと涙を堪えた顔で、桃子の背をさする。


「これからも大変な事がたくさんあると思うんですけど頑張ってください!レンくん大好き!桃は永遠にレンくん一筋です!」


 そして、シャンパンタワーに煌びやかな液体が注がれた。キャスト達の酒を煽るコールが鳴り響いた。


 この日、珍しく桃子は酔いが回って心地よかった。そのせいか、素行の悪さが現れ始めていたのだ。桃子はキャストの手にあるマイクを奪い取り、声を上げる。


「今日レンくんバースデーなのにタワー入れたの桃だけ!?他の姫は何やってんの!?」


 桃子の挑発的な態度にレンは「桃ちゃん」と宥め、マイクを奪おうとするが桃子は止めない。


「レンくんをナンバーワンにしたいよね!?だったらまだ足りなくない!?」


 別卓のレン推しが桃子の声に耳を傾けている。


「桃は同担上等!みんなでレンくんのバースデーを盛り上げていこう!」


 桃子のその一声は、その日の桜庭レンバースデーイベントを大いに盛り上げたのだった——

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