第25話 怒りの演説

「桃、まじ許せない!」


 竹千代を部屋へ送った後、桃子は自室にて、先の出来事に怒りの声を上げていた。


「わたくしもはらわたが煮え返ります!」


 珍しく紫乃も声を荒げる。


「こんなんネグレクトだよ!児相案件だろ!」


 桃子は竹千代の心を慮った。生母が弟だけに見せる顔。それは竹千代の心を想うと悲しくも恐ろしい光景であったに違いない。

 桃子は拳をぎゅっと握りしめる。


「もう絶対にちよたんを将軍にする!!」


 あまりにも残酷な仕打ちをうける竹千代に、これ以上の痛みを負わせたくない。桃子はその一心で考えを巡らせた。


「太い後ろ盾…何があるかなぁ」


 桃子は歌舞伎町に入り浸っていた日々を思い返した。桜庭レンに会う為に稼ぎ、貢いだ大金。着飾るものはプチプラ、自身への投資は最小限。

 ふと、桃子の脳裏に以前目にした呉服商に群がる女中達の姿が浮かぶ。

 身なりに金をかける女中達。誰かに費やす事の尊さ。

 桃子は「あっ」と声を上げた。


「まって桃、閃いちゃった」


 桃子は名案だというような自信に満ちた顔をしている。


「もし、ちよたん派の女中達が自分たちの給料カットして財政に回したら、説得力増し増しじゃん」


 それは、もし竹千代が将軍となれば幕府の財政を痛める大奥にて女中達が協力的に働きかける事となる。従って、江戸幕府の安泰を意味するのだ。


 紫乃は桃子のあまりにも型破りな考えに無茶だと悟った。いくら気丈な桃子でさえ、ただでさえ気の強い女中達を説き伏せることは至難ではなかろうか、と。


 しかしその反面、名案だとも感じた。紫乃も桃子と同じく、これ以上竹千代に苦しい思いをさせたくないのだ。


「ちょ、今すぐ女中達集めて!」


 桃子の指示に紫乃は「はい!」と大きく返事した。


「桃子様がお呼びです。広間にお集まりくださいませ」と紫乃が各部屋に声掛けに行くと、女中達は何事かと互いに顔を見合わせ首を傾げながらも腰を上げた。


 女中達が紫乃の声を素直に聞き入れるには、理由があった。それは桃子の存在である。福が目をかける存在の言葉に耳を塞ぐことは福を裏切るも同然なのだ。女中達がどれほど福を敬っているか伺える光景だ。


 大奥で勤める約半数以上の女中が桃子のもとへ集った。女中達は不思議な顔で桃子を見る。桃子は内に秘めた怒りが薄らと浮かぶ顔つきで言った。


「あんた達、本当に若を将軍にする気あんの?」


 桃子の一言に女中達が小声でざわめき出す。さらに桃子は声を上げた。


「自分たちに金かけすぎ!その金、ちよたんに貢いだらいいと思わない?」


 女中達は、またも何を言ってるのだこの女は、と訝しげな目を桃子に向けていた。

 桃子は未だ解釈しない女中達の浅はかさに内に秘めていた怒りが込み上げ、怒声を上げた。


「私たちが課金しないとちよたんは上にいけないの!!」


途端に桃子の脳裏に桜庭レンが過った——

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