第20話 桃子の閃き
「桃子、来たか」
福は微笑を添えて桃子達を出迎えた。気怠げな桃子の腕を引き、苦労の見える紫乃に「紫乃ご苦労」と福は声をかける。紫乃は照れ傾げに会釈した。
「早速だが本題だ。近いうち、隠居した
福の言葉に桃子は首を傾げる。そして斜め後ろに控える紫乃へ耳打ちした。
「お、大御所様って誰?」
紫乃は小声で言った。
「初代将軍、家康様です」
桃子は「あ〜!」と何度か頷く。桃子が江戸の歴史において唯一知る名である。
「え、家康に言えば簡単に片付く話なの?」
「そういうわけではない。仮にも妾は竹千代の乳母にすぎぬ。もし、大御所様の逆鱗に触れてしまえば命はない。一種の賭けじゃ」
福の声は真っ直ぐと揺るぎない。その場の空気が一瞬にして緊張に満ちた。
しかし、そんな中でも桃子は「なるほどね〜」と呑気な声を上げた。
「福様、最悪な事態は想定しとうございませぬ。どうか、おやめ下さい」
「そうです福様!福様が亡くなってしまったら、若様は…」
とついには涙ぐむ女中が現れた。
福は自身の考えを曲げるたちではない。このままでは運に任せるしか術がない。
ふと、その場にいた全ての女中が桃子の言葉を求めた。こういう時、声を上げて少なからず福の心境を変えることができるのは桃子だけであった。
桃子は眉根を寄せ「うーん」と首を傾げている。そして、何か閃いた様に声を上げた。
「福がどれほどの権力あるか分かるけど、家康が簡単に受け止める?リスク高すぎ。やっぱり実績とかないとアレじゃん」
「アレとは?」
福の問いに桃子は
「アレはアレよ」と適当に返事した。
「ある程度実績作ってから言いに行った方が説得力あるって」
「たとえばどの様なものがある」
「一に体強くする、二に太い後ろ盾?」
こうした桃子の策略的閃きのきっかけは、やはり桜庭レンの存在であった。
桃子の頭には桜庭レンとの思い出が過っていたのだ——
それは桃子が桜庭レンを指名して三回目の夜である。
「桃ちゃん、どうしたら人気出るかな…」
レンはグラスを両手で包み込みながらモジモジと言った。桃子は二回目の席でレンからの呼び名を桃さんから桃ちゃんへと変え、着々と距離を詰めていた。
桃子は先輩風を吹かせながらいう。
「うーん、やっぱり酒呑める、太い子捕まえるじゃない?呑めたら卓で盛り上がるし、そこでフリーに気に入られたら指名もらえるチャンスもあるじゃん?桃みたいに毎日呑んでたら絶対強くなるから、とにかく呑みな!缶にストローさして飲んでみ。まじ回るから」
レンは桃子の助言に聞き入っていた。さらに桃子は続ける。
「あとはとにかく太い子捕まえるしかないでしょ!」
太い子。つまりより多くの金を貢いでくれる存在。レンは何度か頷く。桃子はそんなレンの姿に喜びを感じていた。
担当がこうして上を目指そうとする姿はキラキラと輝いており、応援したくなるのだ。
「けど桃は、もうレンくんしか勝たん」
「桃ちゃん、ありがとう」
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