第8話 竹千代

「顔をあげてはなりませぬ」


 福に連れられ、また別室へとやってきた桃子。福の部屋以上に豪壮な雰囲気が漂う部屋で、僅かに桃子の胸に緊張が走った。

 しかし、桃子は「いや、そのルール知らんのだが」と渋々頭を下げた。

 畳を歩く音だけが桃子の耳をさす。しばらくして、足音が止んだ。


「お、おもてをあげよ」


 幼なげな声が桃子の頭に降ってきた。桃子は顔を上げる。目の前には、まだ袴に着せられた様なひょろりとした少年が座っていた。桃子の頭に赤いサイレン音が鳴り響く。


「いやいや、むりでしょ。めっちゃショタじゃん。犯罪じゃん。欲情せんて」

「なんとはしたない事を…!」


 桃子の言葉にまたも周りの女達が声を上げる。すると、福がその声を鎮める様にさらに大きな声を上げた。


「お黙りなさい!」


 一瞬にしてその場が静まり返った。すると、小さく幼なげな声が「そ、そなたのことは‥」と言葉を絞る様に発した。


「え、なんて?」


 桃子が聞き返すと、

「竹千代様は吃りなのです」

 と福が耳元で囁く。


「は、話は‥き‥き、聞いて‥おる」

「ちょっと待って。やばい」


 桃子の脳裏にぼんやりと記憶が蘇る。桃子は感激のあまり言葉が漏れぬ様、口元に手を当て、目を潤ませた。


「初めてレンくんに会った時と同じなんだけど」

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