第21話 婚約破棄の破棄

 翌日、迎えの馬車がきた。ついでに修理業者も。


 両親は涙ながらに私を見送り、またすぐ会えるのにと思って、笑って馬車に乗り込んだ。


 と、馬車の座席の上に、私の好きなミモザの花束がある。向かいの席には殿下が座っていて、照れ臭そうに横を向いていた。


 格好をつけた態度というやつだろうか。可愛らしいやり方に、私は花束を膝に乗せて馬車に座った。


「……今日から、元通りですね」


「いや、……もう一発雷を喰らわなければいけない」


「あぁ……、そうですね。……殿下、怒ってくれたり、先を示してくれる方がいるのって、幸せですね」


「……私もそう思う」


 帰ったら、私は免れるだろうけど、殿下は必ず雷を落とされるだろう。陛下に。


 でも、陛下のそれは殿下への愛情だ。怒ってくれる人がいるのも、私の両親のように選ばせてくれるのも。


 私たち、かなり幸せなんだな。加護なんて厄介なもののせいで、私たちの世界も視野も狭いことがわかったし。


 18歳って成人だけど、まだまだ子供だ。これから、色々と恥ずかしいことも経験して、それで大人になるんだろう。


 あぁ、一個確認しなければいけないことがあった。


「ジュード殿下。一つ確認があるんですけど」


「なんだ?」


「あのミナという子と、接吻はしましたか?」


「せっ……?! そんな、破廉恥なことをするはずがないだろう?!」


 殿下は顔を真っ赤にして身をのけぞらせている。これはしてない、と確信するには値するが、逆にキスをそこまで大袈裟に捉える所はもしかして情操教育に失敗してないだろうか。


 私たちはまだまだ失敗しそうですね、殿下。思わずクスクスと笑ってしまった。


 それから城に帰るまで、笑われたのが恥ずかしかったのか、殿下は口を聞いてくれなかった。私も態度で示さないと。


 一先ず陛下の執務室に揃って行くと、陛下と宰相閣下、そして私と殿下の4人だけの空間で、陛下は私が戻ったことに安堵の息を吐いた。


 思えば、婚約破棄はそもそも認められていない。陛下にも宰相閣下にもお見通しで、私は違う意味で殿下が持たなくなると思ってそれを了承した。


 陛下も宰相閣下も、私よりも深いところでお見通しだったようだ。やっぱりまだまだ、私は子供だ。ちょっといいように操られた気もする。でも、いい経験になった。


「で、どのツラ下げてルーニアに許してもらった?」


「はい。玄関に穴が開くほど土下座をして、許してもらえました」


 陛下がゲホゲホとむせる。そうだよね、玄関に穴を開ける土下座で許してもらう殿下なんて、きっとこの世に一人だろう。


「……ルーニアはそれでいいのか?」


「はい。一生根に持っていいそうなので、そうすることにしました」


またむせている。気管支でも悪いのかな?


 私と殿下が顔を見合わせて笑ったので、陛下も納得したようで。


 婚約破棄の話はそもそもここで止まっていたので、無事なかった事に。そして、宰相閣下とともに部屋の外に出たら、陛下の怒号が部屋の外まで響きました。


 暫くは怒られるだろうけど、殿下にはきっとそれも愛情だと受け止められる心の深さがあるだろう。


「そういえば、宰相閣下」


「なんでしょうか、ルーニア様」


「今後、リュークを使って私の気持ちを殿下に先に伝えるのは、緊急事態の時だけにしてくださいね。また、玄関に穴を開けられてはたまりませんので」


 にっこり笑って釘を刺しておく。許されるから、と思って許しを乞いにきていたら、こうはならなかった。たぶん、決定的に嫌いになっていたし、王室も信じられなくなっていただろう。


 殿下の、許さないでくれ、という嘆願は、色んな意味で正解だった。私は改めて、殿下が好きだと思えたし。


「……心に刻んでおきます」


「王室のことですから、私たち二人の問題で済むことではないのは理解しています。宰相閣下も胃が痛かったでしょう」


「……ルーニア様。私に安寧の加護を使うのはおやめください。胃痛も頭痛もなくなりましたが、まだ公務が残っています。ちょっと昼寝がしたくなったじゃないですか」


「殿下への雷はあと小一時間は続きますよ。宰相閣下も、少しお茶にでもして休まれたらよいかと」


 私はそう言って、一礼をすると部屋に戻った。


 私の部屋と殿下の部屋の間に、それぞれの部屋から入れる広いベッドルームがある。本当に、部屋ほど広いような特注のベッドで、10人は並んで眠れるんじゃないだろうか。


 また今日から、この部屋で眠るのか、と思って、私はメイドたちにただいま、と告げた。寝室に、ミモザの花束を飾ってともお願いして。

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