第20話 元・子爵令嬢の顛末(※ミナ視点)
「すまない、ミナ。父からの命に背いた君に、私からはこれ以上の補填はできない。君への気持ちは……私の気の迷いだった。これだけあれば一生暮らすのには困らないはずだ。事業を起こすというのなら、身元の保証は私がしよう。……金という形でしか謝意を示せない事、本当に申し訳ない」
そう言って、殿下は山のような金貨の入った袋をいくつも机の上に置いた。
私のドレスを買った時のように、殿下の予算から出されるお金だろう。陛下が、私にお金など出すはずがない。
馬鹿な男。私に騙されたとも知らずに。私も馬鹿だわ、こんな面倒臭い男だと知らずに擦り寄って、最後は金。
でも、殿下。私は金があればまぁいいかとは思ってるんです。これだけあれば一生楽できますよ。事業を起こしてお屋敷を買うのもいいですよね。
でもね、身分は戻らないんです。わかります? 私はもう、貴族の妻になれない。どんなによくても大きい商家に嫁ぐしかない。
こんな金、両親に隠して持っているわけにもいかない。金を持って出て行ってもいいかもしれない、もうあんな両親うんざりだし!
「……殿下のお心に感謝します。お見送りしますね、殿下」
私はあえて文句は言わなかった。
ずっと牙を研いでいた。どうしてやろうかと。
この国には殿下しか王子は居ない。私が貴族でいられない国なんて滅びればいい。
ドレスを売って買った平民の家……庭もあって、部屋もいくつかあって、これでもかなりいい方だ。それを着て歩いているのが貴族だ……、その玄関まで殿下と護衛を送り、私は涙を目にいっぱいにためた。
「殿下、私やっぱり……!」
護衛はいたが、殿下が手で抑える。私は抱きつくようにしながら、隠し持っていたナイフで殿下を刺した。……刺したつもりだった。
「は……?」
「こんな化け物とでは、ミナも結婚したくないだろう。いずれ、婚約の後に話そうと思っていた、私の頑健の神の加護の事は」
ナイフの刃がぐにゃりとひしゃげている。殿下の服は穴が空いたが、殿下には傷一つない。
「ば、ばけもの!」
「そうだ。——これを口外することは許さない。まさか、一国の王太子を殺そうとしてナイフがひしゃげて殺せなかった、などと吹聴するほど馬鹿ではあるまい? ミナ、これで君には一生監視がつく。私の加護の事は王になる時に公表するが……今起こったことは、私の胸一つに留めよう。でなければ……残念だが、君は死罪を免れない」
「……は、ありえない……ほんと、ありえない……! 最悪だわ……!」
使い物にならなくなったナイフを取り落とし、私は床にしゃがんだ。
なんて厄介な奴に粉をかけてしまったんだろう。ひどい、こんなのない。私の人生ってなんなのよ!
親もろくでもなければ、落とした男もろくでもない! 全部私のせいじゃないのに! 私のせいなことなんて、ひとっつもないのに!!
私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は、悪く、ない!!
「う、ぅぅ、う……!!」
床に蹲って泣いている私に、殿下は、さようなら、と言って去って行った。
私は何も悪くないのに、……今はとにかく、あの金を持って逃げよう。
もう、両親なんて知らない。男だって、絶対に私が手玉に取る。
二度と失敗しない。真実の愛なんて最初から一欠片も信じていなかったけど、私はお金だけは信じている。
酷い……酷い茶番に巻き込まれた。あの山のような金貨を得るための、茶番。
なんて安いのかしら、私の人生って。
私は何も悪くないのに。
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