第18話 今までの18年間と、この先の一生の話

 私の部屋の隣の客間に殿下を寝かせ、私は階下に降りて、とりあえず両親に婚約破棄のことは言わずに、初めて殿下と喧嘩した事を告げた。


 それで玄関に穴が空くことになったので、修理代は宰相閣下に請求することと、18年以上夫婦でいる両親にアドバイスを求めた。


「まぁ……そういうことだったのね。ルーニアはずっと王宮で暮らしていたし、私たちとは毎日一緒にいたわけではないから……」


「そうだな、私たちの夫婦喧嘩も見たことがなくて当たり前だ」


 ビックリした。両親は毎週会いに来るのに、その時に喧嘩していたことなんて一度もない。


「あのね、この人ったら一時舞台女優に熱を上げていたの。ルーニアに会いに行く日以外の全日チケットを取って、毎日同じ舞台を観に行っていたのよ」


「お、お前だって年若いカフェのウェイターがかっこいいからと、態と一人で昼食をとりにいって眺めていたろ」


「そうよ? でも、ランチ代とチケット代じゃ全く金額が違いますからね。姿絵やポスターまで買って……」


「カフェに行くのに同じ服では恥ずかしいからと、新しく服を仕立てていたじゃないか」


 我が両親ながら、聞いているこっちが恥ずかしくなるような理由で喧嘩していた。


「まぁでも、それは全部終わったことなの。こうして娘に話せる程度にはね。お互い根に持っているけど、笑い話なのよ」


「……そういうことだ。ちなみに、私が許してもらったのは、さりげなく好きな花を毎日飾ってみた。口を聞いてもらえなかったから、見えるように」


「私が許してもらったのは、1週間くらいこの人の好物だけ食べ続けたからかしら。お肉が好きだから、私は胃薬を飲みながら。あと、夜食に手作りのスープを持っていってね。怒ってると、あぁ、と、いや、しか言わないから」


 まさに態度で示したわけだ。


 私は不思議に思ったので聞いてみた。


「なんで別れようとは思わなかったの? 結婚してても、私は手を離れていたし、いくらでも離婚できたでしょう?」


 父親が照れたように母親の肩を抱く。母親も照れていながら身を寄せた。


「別れるのに、値する理由じゃなかった。積み重ねてきた年月と、これから先一緒にいる年月。どれだけ他の人に、一時的に熱を上げても……」


「えぇ、私、この人じゃ無くちゃいやなの。カフェのウェイターは眺めて、ちょっと店員と客として話せればよかっただけ。すぐに通わなくなったし、なんでも話せるのはこの人だけなの」


「お前たちは王太子と王太子妃になるから、こんな喧嘩はしないと思うが……」


 どちらかと言うと、こんな喧嘩どころじゃないところまで話が飛んだことは黙っておく。


「加護があってもなくても、両親の私たちより同じ時間を過ごしたんだ。二人だけの秘密もあるだろうし、こうして殿下が来るまで私たちにも喧嘩したことは話せなかった。……ルーニアが、この先ずっと一緒にいたいと思うのなら、仲直りのコツを教えよう」


 その言葉には、私が嫌だと言えば、王命に逆らって国を出てもいいという程の意味が込められている。ただの婚約では無いのに、両親は殿下でも国でもなく、私を愛してる。


 胸が熱くなる。


「コツ、ってなんですか?」


「知らないふりをして日常に戻ること。全て白黒つけようとしないこと。あとは、態度で示すこと」


「えぇ、私たち、未だにこうして根に持ってますけどね。でも、笑い話なの。娘になら話してもいいくらいの、ちょっと恥ずかしい話。その恥ずかしい自分を、さり気なく許してくれる人だから、別れなかったの」


 日常に戻って、白黒をつけようとせずに、だけど態度で示すこと。


 両親のアドバイスは実にためになった。私も、今回のことはまだわだかまりがあるけれど、日常に戻ろうと思う。


 玄関の床に穴を空けた請求書を送って、領収書は私の手元にしまっておこう。態度で示してくれたことを、両親のように忘れないでいるために。


 ……私が原因で喧嘩になったら、どうやって殿下に態度で示そうかな?


 18年も一緒にいると思ったけど、両親に比べたらまだまだだ。政略結婚だったろうに、もうこの人以外とはやっていく気がない、と思っている。


 そういう夫婦になりたいな。


 殿下はどう思ってるのかな。明日起きたら、態度で示してくれたから、羽よりも軽い言葉じゃない言葉で、ちゃんと話したい。

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