第17話 でも、家族と言われてしまいましたし?

 眠ってしまった殿下と使用人たちをそれぞれベッドに運ぶのに人を呼ぶと、エントランスの異様な光景にやや躊躇しながら入っていった。わかる、私も落ち着いたらちょっと引いてる。


 土下座のまま自らあけた穴に頭をはめて眠る殿下の姿など、本当にうちの玄関でよかったと思う。


 殿下は客間に、使用人は使用人の部屋にそれぞれ運ばれていき、玄関の穴はとりあえず木の板で塞がれた。


 私はベッドに腰掛け、殿下の寝顔を見ながら考える。——許さなくていい、許される資格がない。ただ傷付けた事を謝りたい。


 私が殿下を許すなんて言ったのはリュークにくらいだ。お陰で玄関に穴が空いたと、後で文句を言わなければならない。しかし、殿下の気が触れる前にこうして寄越してくれたのはよかったと思う。


 いや、気は触れていたな。玄関に穴を空けるなんて、まともな時ならやらないはずだ。まさに、恥も外聞も無く、なのだろう。さっきの殿下に、正気ですか? とあの時と同じ質問をしたら、正気じゃない! と答えたに違いない。


 だってたった3日前ですよ、殿下。私はフラれたし、内容にも傷付いた。だけどそれは、私たちの育った環境もあるし、私たちの抱える加護という、もう加護というか呪いのせいでもあるわけで。


 加護は歳を重ねるごとに強くなる。私は安寧の神の加護を受けていて、それで尚傷付いた。18年の思い出と、あなたを想う心はそれだけ重い。


 だから、来てくれてよかった。あなたを想うのは、陛下も宰相閣下もリュークも変わらない。優しくて真面目で努力家な殿下が、私のところにあのミナという子を置いて来るのは、きっと一人では無理だっただろう。


 どこまでも、どんなに嫌でも辛くても、最低限責任を取って、自らの頑健の加護で気が狂ってそれに慣れて……、それじゃあ何年かかるかわからないし。私もその頃には、諦めて結婚してたと思う。


 あなたの事が好きなのは私。愛してる人はいっぱいいる。特に陛下は愛情深い方だから、私も愛されているけど、殿下の事が一番なのは仕方ない。


 許されるから来たんだろうけど、許してはダメだと言いに来るあたり……本当、殿下らしい。


「う……ん、ルーニア……」


 時間にしたら3時間くらいかな。深く眠った殿下が目を覚ましたので、はい、と答える。


「……私はまた、迷惑をかけてしまった」


「そうですね。でも、修理代は宰相閣下に請求しますのでご安心を」


「そうか……、私たちは、一緒にいすぎたようだ」


「そうですね」


 まだ眠たげな殿下は、それでも眠って整った思考で、いつものように理路整然と話している。ほっとした。


「家族のようだと、思ったのは……、この安心感が、お互いに分かり合っている心地よさが、当たり前になっていたからなんだなと……。離れていった君のことを思ったら、胸が張り裂けそうだった」


 精神は肉体に作用するのか。それもそうか、じゃなきゃ私の安寧の神の加護で殿下が眠れるはずがない。


 いくら頑健で健康な肉体でも、気が狂えば肉体に影響もでるだろう。死ねない身体で体を蝕まれ続けるというのは、どのくらい辛いんだろう。


 この人は国のために頑張ってきた。一番間近でそれを見てきた私は、その結末は一応回避できたようで、少し安心してる。


「……許してくれとは言えない。そばにいてくれとも、愛しているとも、今の私の言葉は全て羽より軽い」


「本当にそう思います」


「否定しないのも、……はは、うん、宰相に、リュークから君が私を許すと言っていたと言われて、それはいけないと思ってやってきた。どうか許さないで欲しいと……思う」


 今の自分の発言力が全くないこともちゃんと理解できているようだ。今の殿下は正気だな、と勝手ながら思う。


「殿下、あなたの言葉は羽より軽いんですよね?」


「あぁ、そうだな。全くもって自分が嫌になるが、羽より軽い」


「では、家族のようだと言われたのも、羽より軽いお言葉ですね」


「ルーニア……」


「真実の愛を見つけたのも、羽より軽いお言葉ですね」


「……」


 そういうことにしませんか? 私たち、しょせん、神の加護ありきで18年も、ずっと一緒にいたんだし。


 18年一緒に暮らして、毎日一緒に眠って、物心がついて初めての喧嘩。派手に始まって周囲を巻き込んだこれを、上手に正しく終わらせるやり方も、私たちは分からない。


「今日はお泊まりになっていってください。我が家のベッドもなかなか寝心地がいいでしょう?」


「そうだな。……あの広いベッドも悪くないが、普通のベッドで寝るのも新鮮だ」


 もう少し眠って欲しい。私も、もう少し考えたい。


 だってもう、二度とこんな喧嘩はしたくないから。許し方を考えなくちゃいけない。


 ……喧嘩って疲れるのね、と思いながら、殿下にまた、おやすみなさい、と私は声をかけた。

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