第15話 ジュード殿下の狂乱

「ルーニア!」


 騒がしい様子に部屋から出てエントランスを見に行くと、殿下がそこにいた。


 久しぶりに見る殿下のお顔は……大変険しく、あら、と思った。真実の愛とやらではやっぱり眠れなくて、イライラして、縋りにでも来たのかな、なんて意地悪なことを考えていると、殿下はいきなり両膝と両手を玄関の冷たいタイルに押し付けた。


「私が悪かった! 傷付けてすまない、すべて、全て私が悪い! 戻ってきてくれなどとむしのいい事は言わない、だが聞いてくれ! 私は君を傷付けた、心は間違いを犯す半端者だ。この通りだルーニア、どうか、どうか傷付いて泣いたり、無理に変わろうとしないでくれ……!」


 そして、思いっきり頭をタイルにガンっ! と、ぶつけた。押し付けたのではなく、ぶつけた。石のタイルに。


 そして、石のタイルが負けて粉々に砕け、下の石造の基礎まで見えている。


 これには、慌てていた使用人も引いていた。身体が。殿下が私の部屋に行こうとしていたのを押しとどめてくれていたのでしょうが、2階の床の修理よりは玄関の修理の方がまだ楽よね、なんて思って見ていた。


 殿下の奇行は終わらない。


「本当に! 私は大馬鹿者だ! こんな大馬鹿者など死んで詫びるべきなのに、私は自決も許されない! 天寿を全うするしかない! この愚か者の治める国に君のような素晴らしい女性を住まわせるなど、悔しくて、悔しくて……!!」


 ガンっ! ガンっ! と、殿下が頭を打ちつけるたびにエントランスにどんどんひび割れが発生している。そして、頭がすっぽり入ってしまうんじゃ無いかというような穴が空いた。なお、深く頭を垂れて押し付けている。


 完全に奇行だ。狂乱ともいえる。


 これは話し合いどころではなく、この謝罪はたぶん『加護の無い私たちは私たちではない』という同じところにいきつき、それでなお私のことが好きで傷付けた自分が許せないから、していること。


 許しを乞うとか、私に戻ってこいとは言わない。愛を捧げる資格すらないことくらいは、眠ってない精神でも理解できるようだ。うん、今のジュード殿下に愛してると言われても、この浮気男! ってなる気しかしない。


 ある意味正解の行動だと思う。そうか、世の中の夫婦というのは、こういう相手のちょっとおかしくて頭の悪い所とか、嫌な所とか、そういうのを許容して夫婦なんだろうな。


 そういう意味では、殿下、私たちはたぶんいい夫婦になれますよ。だって、ねぇ? 人の家の玄関を土下座からの頭突きで破壊しながら、泣いて謝ってる姿が、可愛いと思えてしまう。


(私、殿下のこと好きなんだなぁ……)


 数日考えてそこは認めたところではあったけれど、こんな明らかな破壊行動であり、どう考えても頭がどうにかしたとしか思えない謝罪に、愛しさを感じている。


 私は安寧の神の加護を持っている。なんなら、夫婦喧嘩なんて一生経験せずに過ごせたかもしれない。


 でも、離れてみて、こうして改めて向き合う、それが夫婦喧嘩というものなら……、王宮の床には謝罪用に鉄板でも仕込んで貰おうかな。私はこんな謝り方はしないけど、殿下の心は『生まれながらに健康』じゃないから、また間違えた時に同じことをするかもしれないし。


 とりあえず、このままだと家の基礎工事から全部やり直しになりそうだったので。


「ジュード殿下」


「はいっ!」


 すごい、頭に擦り傷ひとつない。まっすぐ、とても真剣な顔で二階の私を見つめてくる。


「まずは、おやすみなさい」


 とびきりの安寧の加護をこめて、殿下に私は眠りを返した。近くにいた使用人たちも巻き込んでしまう。ばたばたと人が倒れて寝息を立てる中、殿下の顔が歪む。


「ルー……ニア……」


 よく名前を呼べたものだ。自ら空けた穴にスポッと頭をはめる形で、殿下も眠った。


 家の修理代は、宰相閣下に請求しておこう。

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