第10話 イライラが加速する(※ジュード視点)
うかつだった。心底そう思う。
2日、ルーニアがいない夜を過ごしたが、あまりにも夜は長く、目を閉じて横になっていても頭が休まらない。
気付けばルーニアのことばかり考えているし、ミナとお茶をしている今もそうだ。
頑健の神の加護で私の体調には一切の問題はない。目の下にクマができる事もないし、倦怠感も感じていない。
しかし、頑健の神の加護はすなわち身体能力の強化であり、感覚器官も強化される。
ミナが茶碗を置く音は派手で、カチャンと音がする。マナーとしてなっていない。ルーニアはもっと静かにお茶を飲む。
お菓子を食べる一口が大きいせいで、常人なら気にならないだろう咀嚼音が耳に障る。ケーキを切る一口、マカロンをまるまる一個口に入れる、それだけで長い咀嚼音が耳に入ってくる。
ミナと出会ったのは下町の大衆食堂だったし、ミナが物を食べているところは初めて見たのだが……これで、本当に貴族なのだろうか? マナーがなっていないし、正直に言って幻滅している。
「ごめんなさい、ジュード殿下……、あんまりおいしくて、私ばっかり食べてしまって。はい、殿下、あーん……」
は? 私の剣幕が険しくなっているのを、何を勘違いしたのか、自分の口に入れたフォークで大きくケーキを切り分けて此方に差し出してきた。
いやいや、これは無い。いくらなんでも無いぞ。
私はすっかり下町にいたかわいそうなミナに感じていたトキメキを失い、差し出されるケーキを汚いものだと思ってしまっている。
「あぁ、いいんだよ。君がお食べ。私はすこし、昼食を食べ過ぎたようだ」
「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいのに。でもそれなら、いただきます」
私は、割と穏やかな人間だと思っていた。しかし、それはルーニアがそばに居たからだと思い至る。
ルーニアの側はいつも穏やかで、彼女といると安心できた。剣の訓練でうまくいかなかった時に悔しい思いをしても、ルーニアがお疲れ様ですと差し出してくれるタオルを受け取れば自然と心は落ち着いた。
安寧の神の加護の力なのか、ルーニアだからかはわからない。
しかし、着飾ったミナが下町にいる時のように距離を詰め、私の腕を掴んだところで限界が来た。思わず腕を振り払う。
「ど、どうされたんです、ジュード殿下。いつもこうして、ミナの話を聞いてくれていたじゃありませんか」
「あ、あぁ……すまない。だが、ここは王宮だ。少しだけ慎みのある行動をとってほしい」
「はぁい」
甘えるような声がカンに障る。笑い方が媚を売っているそれで汚く見える。
頑健の神の加護のせいで眠れていないせいだ。こんなにもイライラするのは。
ルーニアと比べてはいけない。彼女はずっと王宮で王太子妃として教育を受けてきた。私の事もなんでも分かっていて、控えめながらも支えてくれて。
あぁ、くそ! ルーニアの事ばかり考えてしまう。見れば見るほど、ミナの嫌な面が目につく。
何が「家族のように」だ。ルーニアが楽しそうに微笑んだ時、ちょっと油断して失敗した時、こちらを察して沈黙してくれていた時。
私は確かに心に安寧と安らぎ、そして愛情を感じて感謝していたのに。
眠っていないせいだ。……人間は、眠っていないと、こうも攻撃的になるのか。
ルーニアにどの面下げて謝ればいい。それよりまず、このミナという娘をどうすればいい。
私は内心、頭を抱えていた。この不愉快な時間が、眠れない長い夜が、これからずっと私につきまとうのか。
間違っていた。私のこれは、真実の愛などではない。ただの世間知らずが、ころっと騙されただけだ。
誰に相談すればいい。どう解決すればいい。
いつもこんな時にいたルーニアを追い出したのは私だ。たった1日で……、私はあまりに自分が愚かで嫌になる。
こんな最低な男の元にルーニアが帰ってきてくれるはずもない。それでも、私は近々、必ず頭を下げに行こう。
許されなくても、眠れなくても、傷つけた事だけは謝らなければ。
私は、ルーニアを愛している。ずっと前から。……こんな最低な方法で思い知るなんて、本当に、自分が嫌になる。
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