第7話 それは2人の赤子が出会った日
「暖かい春の日でした。突然、教会にあなたのお父上が泣きながら飛び込んできましてな。ちいさな、生まれたばかりのあなたを抱き抱えて」
私は確かに春生まれだ。そして、ジュード殿下も。先に教会に飛び込んだのは私だったのか、と、第三者から聞く話はまた違った趣があっていい。
何度も聞かされた話だけど、私はそれを運命という言葉で片付ける気はなく、ちゃんとジュード殿下を見て愛してきたつもりだった。だけど、今は自分はフラれて自分の気持ちがわからなくなっている。
もし、話を聞いて「運命だから」で片付けられるようなら、片付けてしまってもいいかもしれないな、と思うほどささくれてもいる。
だって、フラれても、必ず私はあの殿下の元に戻らなければならないから。今は本当に、ほんの少し許されたおやすみなのだ。
「うちの子が生まれてから一度も産声以外に声を上げず、眠ったままでミルクも飲まない、このままでは死んでしまう、と。それがルーニア様でした。私はその赤子を預かり、それぞれの神の前で祈りを捧げて……あなたは安寧の神の加護を受けていることがわかりました」
安寧の神の加護というのは、心を落ち着けさせたり、もっと強く加護を願えば声や言葉で相手を眠らせたりできる加護だ。
私は一瞬目が覚めて「ふぇ……」と泣こうという瞬間に自分の声で眠ってしまうという赤子だった。本来、もっと成長してから加護が発現するらしいが、生まれながらに加護は持っているもので、成長と共にハッキリしてくるものらしい。
赤子の時点でそれだったものだから、コントロールできるようになるまでは私のお世話をする乳母やメイドまで眠らせてしまったりと大変だった。この辺は両親や陛下から聞いた話だ。
「そして、時を同じくして王宮から侍従長が赤子を抱えてやってきました。その子はずっと泣きっぱなしで、一切眠らずに1週間になるということでしたな。それが……殿下です。医者にも診せたらしいですが、あなたはミルクを飲めずに衰弱していく一方でしたが……殿下は眠れずに赤子ながら気が狂いそうになっておりました」
それはそうだろう。大人だって自分で情報を遮断できるとしても、ずっと眠れなかったら頭が疲れてしまう。まして、赤子なんてのは大人がつきっきりで見てなければ何で死ぬか分からないのだ。
母親……王妃様が亡くなっていたこともあって、陛下は城を離れることができなかった。どんなに心配でも。だから侍従長が連れてきたのだという。困った時の神頼みだが、それが功を奏した。
「ジュード殿下も同じように神々の像の前で私が抱いて祈りを捧げ……頑健の神の加護を授かっておりました。これは肉体にかかる加護ですから、あなたと違って育ってもコントロールできるものではない。加護は肉体の成長と共に強くなり発現していくものですが……眠れないほど頑健な肉体、というのはさぞ辛かったことでしょう」
そう、ジュード殿下も神の加護を持っている。加護というより呪いではないだろうか? と不思議に思う。
「そして、頑健の神の加護をもつ殿下の声であなたは目を覚ました。生まれてからやっと三日でミルクを飲み、あなたは泣いた。その泣き声で、殿下は産まれて初めて眠りについた。お互いに作用してくれたおかげでしょうが、いや、実はあの時は私まで眠くなりかけました」
私が生まれた時からジュード殿下の命の恩人だったのは確かだが、私もジュード殿下が命の恩人だった。
侍従長とうちの両親は話し合い、この赤子たちは一緒に育てたほうがいいとなった。殿下を一伯爵家で預かるわけにはいかないから、必然、私が王宮で育てられる事になる。
それでも、我が家には我が家の乳母もいて両親もいたから、ほとんど住み込みで私の世話を殿下の隣でしていたらしい。
私の加護は大きくなるにつれてコントロールできるものだが、殿下の加護はコントロールするものではない。何故なら、神にとっては眠らなくても健康でいられる『身体』を与えた事が加護なのだから。
眠れない人間の精神、というのは加味されていない。神様とはそういう、残酷なところもある。私が殿下に出会わなければ眠ったまま死んでいたかもしれないように、殿下は私がいなければ眠れない。
だから婚約したのだ。そして、殿下もそれを知っていたのに……真実の愛とやらは眠りをもたらしてくれるのだろうか?
「ありがとうございました、司祭様。私は今、悩んでいることがありますが、改めて自分の慢心を見直す事ができました」
「なに、また何かあったらいつでもおいでなさい。あんな奇跡は出会える物ではありませんからな。あなたに、神のご加護がありますように」
私は一礼して、教会を後にした。
そうだ、忘れてはいけない。私も殿下によって生かされたという事を。
……でも、浮気をされた上に女として見られていないのは、やっぱり納得いかないけれど。
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