第5話 婚約破棄から1日目
その日のうちに身の回りのものをさっと持って、お世話係をしてくれていたメイドたちにも実家に少し帰省してくるわ、と挨拶してから邸に戻った。
我が家の両親は私にあまり会えないまま私が成人したので、関心がない……の反対にいった。大歓迎で迎えられた。
婚約破棄の話はしなかったが、1週間くらいは家にいます、と言うと、両親は困惑した顔を見合わせる。ですよね、私もそう思う。
「それは……殿下は大丈夫なのか?」
「そうよ、お体は大丈夫でしょうけど……」
「大丈夫ですよ、殿下がおっしゃってくださいましたから」
そう告げると、両親はホッとした顔になって改めて(ずっと王宮で暮らしていたのに年齢に合わせて家具を買い揃えてある)私の部屋を綺麗に掃除させ、(王宮で暮らしていたので袖を通した事がない物ばかりなのに)定期的に買ってくれていたドレスなんかも風にあててくれている。
私はとある事情と偶然によって、殿下の婚約者になった。必然と言ってもよかったのかもしれない。
でも、それだけが理由なわけじゃない。殿下のことは本当に尊敬して大切に想っていたし、大好きだった。
が、今はなんだか、その気持ちが緩んでしまった。なんでこんな男のために、という気持ちになっている。はっきり言ってとても傷付いたし、不愉快だし、両親の前で泣いて全部話してしまいたい。
陛下からの口止めでは、本当の理由はとても言えるわけが無い。ホームシックという事にでもしようかな。それなら泣いても許されるだろう。シックになるほど実家で暮らしてないのだけど。
「ちょっと……ホームシックになってしまって。1週間程なら殿下も耐えてくれるという事でしたので」
涙が自然と溢れてきた。
悔しいなぁ、悲しいなぁ、やるせないなぁ、というのは本当の気持ちだ。殿下にとって家族にしか思えないなんて……、こんな顔の似てない家族なんていないでしょうに。
見た目、努力したんだけどな。やっぱり可愛げとかは無いし……、女は愛嬌なのかな。
ぽろぽろと出されたお茶を飲みながら泣いていると、両親が両隣に座って抱きしめてくれた。余計に泣いてしまう。
「辛かったんだね……、すまない、お前のことをわかってやれなくて」
「いくらなんでも……やっぱり家から通わせるべきだったかしら。お許しがある間は、寛いでいってね。ここは間違いなく、あなたの家なのだから」
お父様、お母様、ごめんなさい。私婚約破棄されてしまったの。
……数日後には戻りますけど。えぇ、ほぼ確実に。
だけどまぁ、私の気持ちが戻るかと言えばそうでもない。
殿下が本気で頭を下げて謝罪して愛を囁いて懇願する、くらいはしてくれたら、また少しずつ愛する努力はしたいと思う。
こんなに涙が出るのは、私が本当に殿下を愛していたからなのには違いないし。……やっぱり悔しいので、暫く自分の気持ちは認めないでおこう。
その日の夕飯は、予想以上に美味しく食べられた。王宮の味に慣れていたとは思ったけれど、やっぱり家族で囲む食卓は楽しいし、なんだかんだある程度美味しいものは私は美味しく食べられるようで。
そしてメイドにお風呂に入れてもらい、髪を乾かしてもらって、赤子の時以来初めて実家のベッドに横になる。
清潔なリネンの寝具は寝心地がよく、私は自分の耳にだけ届くささやかな声で「おやすみ」と呟くと、泥のように眠った。
……一人のベッド、というのも悪く無いものだ。
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