第4話 愛する人と結ばれるのだから(※ジュード視点)

 ミナはルーニアが部屋から出ていくと、私に招かれるまま隣に座った。


 間近で見ると、本当に愛らしい。荒れた手も、貴族でありながら働かなければならないという境遇のせいだと思えば、大事にしてやらなければならないと思う。


「ジュード様……、私たち、これで、本当に……?」


「あぁ、結ばれる……。父上に許可を取らなければならないが、婚約破棄は成立したはずだ。そうすぐには公にはできないが、もう君に苦労させたりしない」


「嬉しい……っ!」


 そう言ってか弱い体で抱きついてくる。


 金色の柔らかい髪を撫でてやりながら、今はルーニアが父上に挨拶している頃だろうから、もう少し時間を置いて訪ねることにしよう。


 子爵令嬢ながら家のために働き、それでいて健気で女性らしく、可愛く甘えてくる。


 ルーニアとはどこか距離があった。それは決して居心地の悪いものではなかったが……、こうして女性に、ミナに接されると胸が高鳴る。気分も高揚するし、守ってやらなければと強く思う。


 父上も納得するはずだ、これこそが真実の愛だと。


 ルーニアが簡単な身支度を終えて王宮を出たと聞いてから、ミナを連れて父上の執務室を訪ねた。


「失礼します」


 ぺこり、とミナは黙って頭を下げた。淑女の礼ではないが、国王陛下という存在に対して急に声をかける真似をしない。ちゃんと分を弁えている。


「ジュード。お前の話を聞く前に、お前にまず、確認すべき事がある。正直に答えよ」


 父上の威圧感がすごい。あまりの剣幕と声に、私は声が出せずにただ頷くしかできない。そんな私のかげにミナは隠れてしまう。


 よく見れば宰相も見下げ果てたような視線でこちらを見てくる。


 そんなに怒られる事が何か……あぁ、ルーニアを娘のように思っていたから、私が勝手に話を進めた事を怒っているのだろう。


 しかし、もう成人しているのだからまずは当人同士で話し合うべきだと思った。そして、ルーニアは了承した。


「ルーニアに対し、姉妹のようにしか思えないとのたまい、真実の愛を見つけたから婚約破棄を申し入れた。間違いないな?」


「は、はい。そのように申しました。誰も……このままでは誰も、幸せにならないと思ったので」


「馬鹿者がっ!!」


 父上の一喝に怯む。が、拳を握って堪えた。背中ではミナが小さく震えている。


「まずその背後に隠れる無礼者をお前の婚約者として認める道理がない。一応身元だけは聞いておこう。名乗ってみよ」


「……ミナ」


 陛下の命令に逆らうことは許されない。この位の障害は乗り越えなければならないことだ。ミナにも頑張ってもらわなければならない。


「ミ、ミナ・ペリット子爵令嬢です、陛下」


 まだ恐怖に青ざめた顔で名乗る。


 宰相の片眉があがり、父上に何か耳打ちする。父上もそれを聞いて、何か考えているようだ。


「彼女は貴族ながら家のために市井で働いている健気な子です。私は、彼女を守りたいのです」


「愚かしい。聞いていて頭が痛くなる。……はぁ、ペリット令嬢とやら。子爵家は直轄地の管理をする官職。国から子爵に給金が出ているはずだが、なぜ困窮したのかは愚息に話したのか?」


「そ、それは……」


 ミナの顔色がさらに悪くなる。挙動不審になり、私の隣でそわそわと体を動かして……、私は確かにそこの事情を聞いていなかった。


 ただ、かわいそうに、と思っていただけだ。


「何も知らぬとでも思っているのか! 賭博で勝手に家を傾かせておいて、領民には国から官僚を遣わせてなんとか税を抑え食わせている状態! 息子の心を射止めれば、貴様の両親の地位があがるとでも思ったか!」


 私は驚いてミナを見た。まさかそんな理由だったとは。


 ミナは急に泣き出すと、ごめんなさい、と言い続けた。泣き落としでどうにかなる父上ではない。


「婚約破棄についてはここにいる4人とルーニアの間で話は止めてある。さらに言えば、お前、自分のことを忘れていないか? ルーニアと婚約破棄するということは、お前に永劫眠れる日は来ないと思え」


「……まさか。死ぬわけではありません、真実の愛のためなら耐えてみせます」


 父上が鼻を鳴らす。


「よかろう。……とにかく、お前の持ち金からその娘に着る物だけは与えよ。そのような格好であるだけで無礼である。王宮に寝泊まりすることなど許さぬ。通う事のみ許す。婚約も決まっていないのだ、まずは認めさせるために動いてみせよ」


 父上の声はこれ以上になく冷たかった。


 私に使われる予算というものは支給されている。私は全ての内容を了承し、ミナを促して部屋の外に出た。


「ミナ、そういう事だから今から服を買いに行くよ。それから、王宮の入り口近くに部屋を用意するから、その服が売り払われないようそこで身支度するんだ。家に帰る時にはまた私服で帰る。いいね?」


「は、はい」


「それから、父上の命令には絶対従うように。元も子もないからね……、両親にも話してはいけないよ」


「わかりました……、殿下、これで一歩前進、ですよね?」


「あぁ、ミナ。さぁ、服を買いに行こう」


 一歩前進なのか、どうなのか。私は彼女に困窮の理由を尋ねなかったし、彼女も話さなかった。


 何故か、不安が胸をよぎっていく。

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