第3話 真実の愛とやらが理由だそうです、陛下

 私は短く退去の言葉を述べると、真実の愛、とやらで結ばれた二人を残して陛下の執務室に向かった。


 実の娘のように可愛がってくださっていたのに、なんなら実父より共に過ごした時間は長いのに、お忍びで出かけた先の女の子に恋をしたからという理由で……。


 あ。なんかだんだん腹が立ってきたな。でもまぁ、私の予想だと1週間と持たないので腹を立てるのも馬鹿らしいか。


 執務室前の取次の方にお話があると告げると、すぐに中に入れてもらえた。


 中にいるのは殿下と同じ金髪に新緑の瞳の、まだまだ若い陛下と、モノクルをかけたくすんだ長い銀髪を引っ詰めにした宰相閣下。


 お二人だけならいいか、と私は一礼し、突然の訪問の非礼を詫びた。


「よい、よい。ルーニアは娘も同然、気にするな。しかし珍しいな? 晩餐の時ではならんのか?」


 書類から顔を上げて、陛下は私のお話を聞く姿勢になる。陛下はやっぱり優しい、殿下の親なだけある。それに経験と年齢も相まって、この方の治める国の臣下でよかったと思う。


 宰相閣下も仕事一筋の方だけど、私が無闇に仕事の邪魔をする事はないので、驚きながらも耳を傾けてくれている。


「えぇ、陛下。私が至らないばかりに、殿下に婚約破棄を申し渡されました。本日をもって王宮を退去し、実家に戻ります。長年、大変よくしてくださり、心より感謝申し上げます」


「………………」


「………………」


 あら、お二人が言葉に詰まっていらっしゃるなんて珍しい。国のツートップですから大抵のことは即座に反応されるはずなんですが。


「…………ルーニア? すまない、私の耳は遠くなったようだ。もう一度言ってもらえるか?」


「はい。殿下に婚約破棄を申し渡されたので、本日をもって王宮を退去し実家に戻ります」


「婚約……破棄?」


「えぇ、真実の愛を見つけられたとかで」


 家族にしか思えない、の方を言うのは自分も傷つくので黙っておこうかな、と思ったけど、それじゃあ理由として弱いしちゃんとお伝えしなきゃなと、言うのも嫌だけど付け加えておく。


「私のことは家族のようにしか思えない、新しいお相手には胸の高鳴りを感じたと。これはもう仕方ないですから、了承しました」


 あら、いつも柔和な陛下の顔と、無表情の宰相閣下の顔が怒髪天を衝くような顔になっている。


 わかります、私もそんな気分ではありました。でも、何というのでしょう、直接言われると諦めもつくというか。


 つまり呆れてしまって、そこを通り過ぎたのでこうして承諾してご挨拶にきたというか。


「陛下、今すぐ殿下を医者に見せましょう」


「それがいい。ルーニア、愚息はどうも頭が病気らしい。正常な思考なら、ルーニアと離れる、という選択肢など無い」


「陛下、宰相閣下。私は殿下に、正気ですか? とお尋ねしました。正気だそうです。なので、お医者様の手を煩わせる必要はないかと……」


 陛下と宰相閣下はそろって、それはもう深いため息を吐き、片手で顔を覆って天を見上げました。


「……何日もつと思う?」


「長くとも、1週間ではないでしょうか」


「私もそう思う」


 あら、奇遇ですね。私もそう思います。


「ルーニア、一時的に実家に帰省する事を許可する。……婚約破棄は、ここにいる者、そして愚息とその相手だけの話とする。許可はしない。……すまない、ルーニア、愚息の言葉に傷ついた事だろう」


 不思議と、陛下の温かい言葉に胸が熱くなり、無表情だと思っていた私の顔は泣き笑いの顔になっていた。


 やっぱりなんだかんだ傷付いていたらしい。それはそうだ、殿下には長年尊敬と愛情をもって接してきたのだから。


「寛大な措置に感謝します。……では、少しの間帰省いたします」


「……必ずこの補償はする。本当に申し訳ない。愚息が己の愚かさに気付くまで、そう時間はかからないだろう。その時戻ってきてくれるかどうかは……実家でゆっくり考えてくれ」


「ルーニア様。何かありましたら私に報告が上がるよう人をつけます。護衛も兼ねて。どうか暫くの間ご健勝でいてください」


 お二人の温かい心遣いに私は深く礼をすると、御前を失礼した。


 この国の将来を思えば、私がいないと立ち行かない。そんなの、殿下が一番ご存知のはずだから、まぁ床に頭を擦り付ける勢いで謝ってきたら戻ろう。


 酷い上から目線だと自分でも思うが、こればかりは仕方ない。だって私、生まれながらにして殿下の命の恩人なので。

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