第2話 突然婚約破棄されました
「私との婚約を破棄して欲しい」
やはり、嫌な予感だったようだ。
小さめのサロンにはお茶も用意されてなく、向かい合ってソファに座ると、殿下は真剣な表情でそう切り出した。
「正気ですか? ジュード殿下」
「これ以上ない程正気だ」
いえ、全く正気の沙汰ではないのでお尋ねしたんだけど。
酔っ払っている人の酔っていないと、正気じゃない人の正気だ、ほど信用できない事はない。
だって、この婚約を解消したら……一番困るのは、ウェル伯爵家でもなく、王家でもなく、殿下自身なのに。
その辺、本当に覚悟があるのかしら、と愛想のない顔は無表情のまま考えて、殿下の目をじっと見つめていたが……だめだ、どうやら本気のようだ。
どうしようかな、と思った。殿下は好きだけれど、殿下が私と婚約破棄したいくらい私が嫌いなら幸せにはなれないだろうし。
「……一応、理由をうかがっても?」
「承諾してくれるのか?」
「いいえ。まずは理由を伺いませんと。私もさすがに傷付いてますよ、殿下」
「……それは、すまない。理由の一つ目は……、私はルーニアを家族のように思っている。女性として……見れていない」
割と傷付いた。聞かずに承諾した方がよかったかもしれない。
ん? 一つ目?
「……二つ目があるんですか?」
「あぁ。——入っておいで、ミナ」
ガチャリ、とサロンの扉が開いて、こう言ってはなんですが貧相な身なりの少女が入ってきた。
その造作が可愛らしい事は見てわかる。金色のウェーブがかかった髪に、赤いリボンを結んだ、青い瞳の女の子。華奢で守ってあげたくなるタイプだろうな。少し年下かしら、と思いつつ、どちらかというと気になるのは身なりの方。
明らかに平民……に見えるんですが。よく王宮に連れてきましたね、殿下。
白いよれ気味のシャツに赤いプリーツスカートで、顔や腕は少し日に焼けていて、手も荒れている。
この位なら数年王宮で暮らせばどうとでもなりますから、見た目はいいとして……さて、教養や教育はどうなるのかな。
私が積み重ねてきた分をこの子に施している間に適齢期がすぎる気がする。
「ミナ・ペリット子爵令嬢です。……すみません、平民のような身なりで。我が家は貧しいので、外で働いております」
あ、大体話がつかめました。
お忍びで街に出かけた時に彼女に出会い、親交を重ねるうちに彼女の身の上を聞き、つまりは同情心や新鮮さから恋だと勘違いしてるわけだ。
それは、まぁ、自分で正気だというでしょう。恋とは、思い込みと勘違い、とは授業で習いませんでしたか? 私は習ったんですけど。そして、尊敬を持って相手を想う、それこそが愛だと。
で、まぁ殿下の説明は概ね私の予想通りで。周りくどい上に冗長で心理描写を交えた説明に、途中よく眠らなかったなと自分に感心した。そして、恥ずかしそうに顔を両手で抑えるミナ様。
うーん、殿下をもう少し女性と関わらせておくべきだったろうか。演技っぽいなぁ、というのはスレすぎかな。
「ルーニア、私は真実の愛を見つけた。このミナこそ、私が守ってやりたいと、感じたことのない胸の高鳴りを感じる相手だと分かった。……頼む、このままでは誰も幸せになれない。婚約破棄を承諾してくれ」
私は少し考えるフリをして(この時点でもういっか、という気分にもなっていたので)ため息を吐くと表情筋を屈指して悲しげに微笑みました。
「真実の愛を見つけたから、婚約破棄、ですか……、いいですよ。殿下は、本当によろしいんですね?」
「……あぁ、かまわない。ありがとう、ルーニア」
「……仕方ありません。私も長く王宮にお世話になりましたので、陛下にだけでもご挨拶して退去します。末長くお幸せに」
陛下に、と言った時にサッと顔色が変わった。あぁやっぱり陛下にも言ってないのか。
でも婚約破棄されて嘘の婚約を続けてあげる理由もないし、陛下に正直にお話して明日には実家に帰ろう。
……寂しいな。私にとってはこちらが実家のようなものだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます