第27話 そして現実へ


「.....いまさらだな」


 一時の平穏だった。


 美しい妻、可愛い息子達、その周りには温かな家族と頼りになる仲間らがいた。

 半年という短い期間の幸せだったが、ウォルターにとってはかけがえのない思い出である。


 とりとめもなくそぞろ浮かぶ己の過去を振り返り、伯爵は自嘲気味に笑った。


 だが、今するべきことは懐古に浸ることではない。女神様からの預かり物を守ること。

 そう一人ごち、そろそろ荷物も片付いたころだろうと、伯爵はソファーから立ち上がりウメの部屋へ向かった。


 しかし当のウメは無言で座り込み、目の前の光景に乾いた笑みを浮かべている。




「こんな処なのねぇ? 王宮ってぇ」


 天蓋つきのベッドで寛ぎ、ゴロゴロと御菓子を頬張るのはツインテールのメープル様。

 猫のように大きな眼が、あちらこちらを興味深げに眺めていた。

 

 王室の方々に挨拶をしたあと、ウメは部屋に案内され一息ついていたのだが、その部屋の窓を叩き、この御仁は易々と王宮内に入り込んできたのである。


『はあ~い♪ やぁーっと着いたのねぇ。馬車の屋根は座り心地悪くてぇ』


 きゃぴきゃぴ跳ね回るのは招かれざる客人。王宮側に知られたら大事だろう。

 

 .....王宮から見たら宿敵なんだよね、この子。


 胡乱に眼を泳がせ、ウメは誰か来はしないかと、ヒヤヒヤ扉を見つめた。

 そんなウメの内心を察し、メープルは可愛らしい顔でケラケラ笑う。


「だーいじょうぶよぅ。誰か来たら姿を消すしぃ? 万一見つかっても、わたくしが負けるわけはなくてよぅ?」


「いや、揉め事はやめてね? こっちは小さい子がいるし、伯爵の立場もあるんだから」


 ふーん? と疑問符全開で首を傾げる魔族様。


 いや、アンタ分かってないね? 魔族を王宮内に引き込んだなんてバレたら、こっちの首が刎ねれるからね? ガチ物理で。


 その光景を想像してしまい、人知れず背筋を震わせるウメ。でもまあ実のところ安堵も大きい。

 力ある魔族なメープルがいれば、大抵の困難はぶち壊してくれるだろう。こちらも大概だが物理で。

 破滅と隣り合わせの安心感。これに安堵を感じるあたり自分も末期である。


 仕方ないよなー。碌でもない印象ばかりな王家より、確実に力になってくれるだろうメープルの方が、ずっと頼れるのだから。


 はあっとウメが達観じみた溜め息をついた時、扉から控えめなノックが聞こえる。思わず、びくうっと少女の身体が跳ね上がった。


「メープルっ、姿消してっ!」


 慌てて声をひそめ、寛ぐ魔族様にばさっと毛布をかぶせるウメ。

 だけど、毛布をかぶせたら姿を消してても意味はない。光の屈折で姿を隠しているのに、その質量が浮かび上がってしまうだから。

 こんもり山になった不自然な毛布の形に気づきもせず、ウメは扉に声をかけた。


「はい、どなた?」


「俺だ。いいか?」


 父ちゃんかぁぁぁ.....


 ウメの身体から、ぷしゅうと緊張が抜ける。


「いいよ~」


 とウメが答えるより早く、伯爵は扉を開けた。


 .....問答しないなら聞くなや。


 じっとりと眼を据わらせるウメを余所に、伯爵も据えた眼差しをベッドに向ける。

 そこにある不格好な膨らみを目敏く見つけ、彼は呆れ顔で顎をしゃくるように口を開いた。


「隠れてない。気をつけろな」


 言われてはっとしたウメは、己のお馬鹿さ加減に両手で顔をおおう。


「ばーかーかーあーたーしーはぁぁーーーー」


 情けない声で踞るウメ。一見、情けない姿だが、それが年相応に見えて微笑ましい伯爵。


「まあ、少し抜けているぐらいで丁度良いさ。王家の奴らにだけ注意してくれれば大丈夫だ」


 そう言うと、彼はどかっと床に座る。思わず顔を上げたウメの正面で、彼は難しい顔をした。


 なんと言ったものか。


 先ほどの挨拶。それに含まれるモノに気づいた伯爵は、王家の目論見に反吐がでそうだ。だからウメに説明すべく訪れたのだが、彼女は王家や貴族の在り方や薄汚い思考を理解しているだろうか。

 余所の世界の人間だ。どのような文化の国かも分からない。こちらと同じに考えても大丈夫か? 伯爵は説明に詰まる。

 だがそれを見越し、ウメはあっけらかんと口を開いた。


「庶子の第四王子だっけ? アタシと二つ違いってことは用意された子供だよね」


 しれっと呟くウメに驚き、伯爵はマジマジと眼を見張る。


 先ほどの挨拶の時、国王の後ろにいたのは側室とその息子。正室の息子らは結婚済みだ。その子供である孫らは、まだ乳幼児。

 王太子が結婚し子供を為した。それでようやく子供を産むことを許された側室。嫡流な王子らとの年齢差は、そのタイムラグにより生まれたモノである。

 その庶子をあの場に立ち会わせたということは、伯爵家への縁組みを示していた。


「つまりアタシとの縁談ってことだよね? 要らね~」


 過去の経緯により、国王は伯爵を従わせる足枷を失った。だからウメをその代わりにしようとしているのだろう。

 縁談がまとまれば、国王命令でウメを王宮に囲える。妃教育のためと大義名分ももてる。このチャンスを、あの小狡い男が逃すわけはない。

 もっと言えば、現在ギルド管理な伯爵家の資産をウメに譲ることも可能なのだ。

 あざとい冒険者達より、まだ子供なウメに持たせた方が王宮には操りやすかろう。

 ウメを王宮か王都の伯爵邸に置くことで、それは簡単に成せる。

 王都に後見のいない貴族の子供。.....彼等の思惑が明け透け過ぎて、むしろ国王を気の毒に思う伯爵。


 それともう一つ。ウメが持つ不思議アイテムだ。


 美味しい、楽しい、美しいと三拍子揃った便利アイテムの数々。

 その出所も、喉から手が出るほど知りたいだろうし、ウメを好き勝手するにはウォルターが邪魔に違いない。

 だからこその婚約だ。後の婚家に籍を置き、花嫁修行や夫人見習いをすることは珍しくもない。王家は大手を振ってウメを手元に置ける。


 むーんと腕を組んで思案する伯爵。


「下手の考え休むに似たりよ? 相手の出方も分からないのに考えても仕方ないっしょ?」


 .....上手いことを言う。


 眉間に皺を寄せてピクピクする伯爵の眉。


「なるようにしかならないし、人生出たとこ勝負でしょ? 予定調和なことのが少ないわよ」


 にっと悪戯げに笑うウメの後ろで、がばっと毛布が立ち上がった。


「そうよおぅぅ、ウメのことは任せなさい? わたしくが何とでもするわぁ」


 ベッドに仁王立ちし、むんっと腕を組むメープル様。ふくりとほくそ笑む眼が、ぬらりと妖しく輝いている。


 .....如何にもな悪巧みな顔ぉぉぉ。


 あはは、と引きつるウメを余所に、メープルの従者は何食わぬ顔で御茶を淹れている。


 どこに潜んでいた、おまえ。


 突然現れた従者の魔族を、伯爵は呆然と凝視した。しかしそんな猜疑心に満ちた視線も、本人は何処吹く風。まるで当たり前のような顔でメープルに御茶を運んでくる。

 

「殿下、御茶です」


 しれっと付き添うメープルの側近、トウーラゥ。すらっとした長身の男で、ガタイの良い彼の見かけはインテリヤクザ。鋭い眼光と危なげな雰囲気だが、メープルと並んだ姿は、なぜか穏やかな爺やに見える謎。


「ウメはぁ、わたくしの妹ですものぉ。全力で守るわよぅ」


「いや、それ地雷臭しかしないよね? 超物理でだよね? アタシ平和主義だから、やめてね?」


「.....平和主義は、魔族を悶絶させる武器は使いませんよ?」


 コントみたいな少女の会話に、真顔で参加する従者。


 嫌みか。喧しすぎるよ? 自業自得っしょ?


 スプレーを持つ振りで、にかっと笑うウメ。それに本気で仰け反る大男。振りだと分かっていても、あの時の恐怖は薄れないらしい。


 なんとも長閑な風景だなと、伯爵は胡座座りなまま頬杖をついた。


 この面子が、こうして肩を並べて立てるのだ。出来ないことなど何もないだろう。


 場に似つかわしくない失笑を浮かべつつも、面倒なことになるだろう未来に苦虫を噛み潰す伯爵。


 そんな奇妙な和やかさがウメの部屋で広がっていた頃。


 伯爵と続き部屋にいるサミュエルが、一人鏡の前に佇んでいた。

 うつむき加減で鏡面に映る己を睨みつける少年。その眼に漂う昏い光芒は、地獄の獄卒すら裸足で逃げ出すような不気味さを醸している。


「.....女神様。お任せください。必ずやお助けしてみせます」


 鏡面の己を指先でなぞり、彼は喉の奥だけを震わせて嗤った。


 一抹の不穏な空気をはらみ、文字通り、魑魅魍魎のひしめく王宮晩餐会が始まろうとしている。

 

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