第26話 ちょっと思い出してみる ~とおっ~


「見えてきましたよ、母上」


「あらぁ..... あれが領都なの? ふうん」


 各地の宿を確認してすっ飛ばし、ウォルターは懐かしの我が家に着いた。


 途中途中で追跡隊と乱闘になりつつも、彼は悠々捌いていく。

 いくら名のある騎士だろうが、所詮は王宮しか知らぬ温室育ち。有無を言わさぬ魔族の蹂躙で叩き上げられてきたウォルターの敵ではない。


「これならまだ冒険者らの方が、よっぽど使えるな」


 大地に倒れ伏した王家の犬らに吐き捨て、彼は一路辺境を目指して駆けてきた。


 実際、魔物被害などに当たるのは冒険者ばかり。一応、体裁のために王宮騎士団が遠征にも出るが、結局矢面に立つのは冒険者。

 そんな大人の事情も今のウォルターは理解している。過去に憧れた王宮騎士団が、ただの御飾りであった事実には酷く落胆させられたモノだが。


 まあ、それも昔の話。


 王都は王都で勝手にやれば良い。辺境は辺境で勝手にやらせてもらう。


 そう一人ごちつつ、彼は途中で捕まらなかったサンドラ親子が心配だった。


 よもや王家に? いや、あのサンドラだぞ?


 悶々とする息子を眺めながら、ウォルターの母親は思ったより荒れた辺境に眼を見張っていた。


 話に聞いていたのと全く違う。まるで廃墟に毛が生えたような土地ではないか。こんな処で十年以上も息子は暮らしてきたのか。


 唖然とする彼女の視界の中で働く多くの民。その顔は疲労が色濃く、疲れはてたように落ち窪んだ眼をしていたが、瞳に宿る眼光は鋭い。

 その生気に満ちた眼差しは、彼等が厳しいだろう辺境の生活を諦めていないのだと物語っていた。


 ふっと小さな笑みをこぼし、伯爵夫人は己の息子を見る。


 .....頑張ったのですね。


 擽ったいような面映ゆさを母親の笑みから察し、そっぽを向くウォルター。

 ほんわり長閑な雰囲気を醸しつつ、一行の馬車は領主邸に到着した。




「ここが私の邸です。手狭ですが、以前の家ほどではありませんよ?」


 没落して小さな借家住まいだった、あの頃。


 にっと笑うウォルターにつられ、伯爵夫人もソフィアも苦笑いする。

 そんな一行を出迎えたのは家令達とサンドラ。ウォルターの杞憂を余所に、彼女はちゃんと辺境に辿り着いていたらしい。


「おかえりなさい、ウォルター!」


「サンドラっ! よくぞ無事でっ!!」


 ここなら誰に憚ることもない。二人は満面の笑みで抱き合った。サンドラの髪を掻き抱き、その香りを堪能するウォルター。


「.....本当に君なんだな。こうすることを何度夢見ていたことか」


「わたくしだってよ? 親子暮しに貴方がいないのが、どれだけ切なかったか.....」


 今にも口づけそうなほど熱い雰囲気の二人の耳に、わざとらしい咳払いが聞こえた。


 .....ベタな。


 そこまで恥知らずではないですよ、母上。


 熱い抱擁を周りに見せつけていたのも棚にあげ、ウォルターはしれっと薄い笑みをはき、母親にサンドラを紹介する。


「元婚約者ですし御存知でしょうがサンドラです」


「お久し振りでございます、伯爵夫人。勘当された身なので、今はただのサンドラです」


「本当に。懐かしいわね、サンドラ。ところで.....」


 そわそわと落ち着かない伯爵夫人。ちらちら泳ぐ彼女の眼が領主邸の入り口を見た瞬間、くわっと大きく見開かれた。


「こちらへおいでなさい」


 サンドラに手招きされて、おずおずとやってきたのはウォルターにそっくりな二人の子供。


「フレッドとシャールです。ウォルターの息子ですわ」


 サンドラに促されて、二人は伯爵夫人を見上げる。


「初めまして、フレッドと申します」


「シャールです。お目にかかれて光栄です」


 はにかみながら挨拶する二人に感極まり、伯爵夫人は爆発した。


 孫だわっ!、わたくしの可愛い孫っ!!


 長く隠れ住んでいたサンドラだ。銀髪紫眼の双子を連れ歩くわけにもいかず、当然、伯爵家を訪れたこともない。

 子供らの祝福が発覚してからはなおさらだ。だから嫁親子とは初のお目見えウォルターの母親。つのる想いが爆発するのも致し方ない。


「んまぁぁぁっっ! 貴方たちが、わたくしの孫なのねっ?! 貴方のお父様の御母様よ? お婆ちゃまって呼んでねっ!!」


 喜色満面で捲し立てる母親にドン引き、ウォルターはソフィアを振り返る。ソフィアはお手上げとまでに肩を竦めていた。


「いや、母上! この子達は、お婆ちゃまという歳では.....」


 何とか軌道修正を試みるウォルター。しかし、そんなモノは耳に入っていない様子の伯爵夫人。


「ああ、夢だったのよ。可愛い孫に絵本を読んだり、子守唄で寝かしつけたり..... みんなかなうのねっ!」


 うるうると涙を滲ませる祖母に、二の句のつげない子供達。彼等は助けを求める仕草でサンドラとウォルターを交互に見ていた。

 双子はもう十歳だ。絵本や子守唄という歳ではない。それは伯爵夫人にも分かっているだろうに、彼女の眼にかかった祖母フィルターは強固で、《可愛い孫》以外の情報を脳細胞に送っていないようだった。

 オロオロする息子達と困り笑顔のサンドラ。

 しかし、泥沼化しそうだった領主邸の玄関先に、突然声をかけてきた人物がいる。


「戻ってきたらしいな、ウォルター。ん? どうした?」


 不可思議な緊張感の漂う一行を見て、首を傾げたのは鍛冶屋兼冒険者のダン。

 ずんぐりむっくりだが強靭な体躯を持つダンに、子供らが眼を煌めかせて駆け寄っていく。


「ダンおじさん、御仕事?」


「今日も剣を教えてくれるの?」


 わあわあ絡まる子供らの頭をポンポンと叩き、ダンは豪快な笑顔で頷いた。


「後でな。今はお前らのお父ちゃんに大事な話があるから」


「「はいっ!!」」


  びっと背筋を伸ばして元気な声で返事をする双子。

 それを見ていた伯爵夫人の瞳に正気が戻り、ああ、と小さな溜め息をこぼした。


「.....剣。そうね、もう大きいのよね。残念だわ」


 我に返ったらしい母親に胸を撫で下ろし、ウォルターはダンの肩を軽く叩く。


「助かったよ、ダン」


「? 何の話か分からんが、ちょいと耳に入れておきたい話があるんだ。今、いいか?」


 お疲れ気味な領主様に少し驚いたような眼をしつつも、ダンは神妙な面持ちで周りを見渡し、声をひそめてウォルターに囁いた。

 それに小さく頷き、彼はサンドラに視線を振る。サンドラは心得た顔で、伯爵夫人を伴い、子供らと邸の中へ入っていった。


「お疲れでしょう? 伯爵夫人。中にお茶の用意がしてありますわ。息子達とお菓子も焼きましたのよ?」


「まぁぁっ、貴女たちの手作りなの?」


 照れ臭げにモジモジする双子が微笑ましい。感涙に咽ぶ母親が孫に案内されるのを見送り、ウォルターはダンを振り返った。


「.....で、話って?」


「王都の冒険者ギルドが反乱を起こしたらしい」


「は?」


 思わず瞠目したウォルターに苦笑し、ダンは彼を防衛線駐屯地へと誘う。




「どういうことだ?」


 寝耳に水もいいところなウォルターに手紙を差し出し、ダンや他のメンバーは、にやにやと説明を始めた。


 その説明によれば、事の発端はヒューバート。彼が婚姻し、伯爵夫人が王都を出たことにより、ウォルターの資産が宙に浮く。

 実際には辺境のウォルターに権利のある資産なのだが、それを管理する者が王都からいなくなってしまったのだ。

 これ幸いに王宮の管理下に置こうとした国王らだが、そうは問屋が卸さない。代理人だったヒューバートの手によって、伯爵家の財産の殆どが冒険者ギルドの管理に移っていたのだ。

 これを不服とし王家が訴えを起こしたが、正式な書類が一式揃っており手が出せない。

 ならばと国王は冒険者ギルドに圧力をかけた。

 依頼の受注を妨害、税率の引き上げ、各特別許可の取り消しなど。

 冒険者ギルドが立ちゆかぬよう画策する。しかし王宮は、ギルドという組織を侮っていた。

 冒険者ギルドが動かなければ、各種ギルドも動かない。

 素材や資材の調達を冒険者ギルドに頼りきりだった他のギルドも立ちゆかなくなり、王都では各地で暴動が起きる。

 さらには魔物討伐をも冒険者ギルドに頼り切っていた王都だ。冒険者ギルドに依頼が出せなくなり、困窮する人々。じわじわと大きくなる魔物被害。

 たかが一伯爵家の進退が、王都の危機を招きかねない状況で、ヒューバートが立ち上がった。


「全ての冒険者を我が領地で受け入れます」


 にっこり微笑むヒューバートの婚家。


 魔物被害の大きい土地だ。願ってもいないチャンスだと、王都の冒険者ギルドを丸っと移転させる。

 冒険者側も金にならないなら王都に建物をかまえる謂れはない。そういった見切りの早さは、あっさりとしたものだ。彼等が、鄙の地であれど仕事に困らないヒューバートの領地を選ぶのは当然である。

 結果、王都に冒険者ギルドはなくなり、王都の各ギルドは他の領地を経由して素材を手に入れなければならなくなり、素材の原価は高騰。ヒューバートの領地は大きな冒険者ギルドを発足して、各地への冒険者の派遣でいたく潤っているらしい。

 伯爵家の財産も手に入らず、景気は鍋底に穴を穿つほど落ち込み、今の王都は虫の息だとか。


「.....って訳なんで、樹海の資源も高く売り付けられそうだぞ?」


 にまにまとほくそ笑む仲間達を見渡して、ウォルターは呆れ返ったかのように額を手でおおう。


「なんともはや」


 貴族と平民。どちらが多いかなど一目瞭然。数の暴力にはなす術もない。

 ヒューバートはここまで見越して事を起こしたのだろうか。


「冒険者からしたら、騎士団なぞ赤子を撫でるようなモンだしな。実質、戦力にもならん」


 ゲラゲラと笑う面子につられ、ウォルターも腹を抱えて笑った。

 王都を逃亡してほんの二週間程度。その間に随分と状況が変わったモノだ。きっと母上が逃げ出すことも弟の想定内だったに違いない。あるいは二人で示し合わせてでもいたのか。


 こうして大団円となったウォルターの家族と仲間達。


 しかし、彼の不遇は筋金入り。


 まるで女神様に試されてでもいるかのように、彼の元へ小さな少女がやってくる。


 その少女と彼の人生が交差するまで、あと少し。


 それまでにも、まだまだウォルターには苦難が押し寄せることを今は誰も知らない。


 一時の穏やかな暮しとは思いもせず、家族との温かな暮しを堪能するウォルターだった。

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