第25話 ちょっと思い出してみる ここのつめ


「おめでとう、ヒューバート」


「ありがとうございます、兄上」


 恙無く結婚式も終わり、今は結婚披露宴。教会に隣接した大きな庭園を借り切り、ヒューバートと同年代の人々で賑わっていた。

 慎ましい結婚式とは裏腹に、披露宴では多くの人々が押し寄せ、二人を祝福する。

 ちらほらと貴族も交じってはいるが、殆どが平民だった。

 

「おめでとう、幸せになっ」


「これからも仲良くね。また店に来てちょうだい」


「これ、大した物じゃないけど、御祝いだ。受け取ってくれ」


 次々とやってくる来客が、それぞれ手にした物をうず高く積み上げていく。

 唖然とするウォルターをチラ見して、ヒューバートは指で少し頬を掻いた。


「その..... 彼女の家の領地の人々です。子爵家の領地には大きな森があって、魔物に襲われやすく..... 僕が討伐を手伝っていました」


 彼女の家の領地が魔物の被害で困窮していると聞き、弟は一丸発起。

 慣れない剣を学び、実践を織り混ぜつつ、子爵家領地の安全を守ってきたらしい。


「それで、その剣ダコか。よくぞまあ..... いったい誰に指南を求めたのだ?」


 驚くウォルター。


 ウォルター自身は、前伯爵の醜聞が起きるまで王家の覚えもめでたく、武術を学ぶのに苦労はなかった。

 しかしあれから改めて学んだのであれば、社交界から爪弾きにされた伯爵家の弟に教授してくれる者はいなかったはずである。

 兄の疑問を耳にして、ヒューバートは、にっと口角を上げた。


「後ろの方ですよ。もう、容赦なくて、数年は生傷が絶えませんでしたね」


 言われて振り返ったウォルターが見た者は、かつての上司。冒険者ギルドのギルマスである。

 筋骨逞しく隆々とした体躯の大柄な男は、呆気に取られるウォルターを楽しげに見下ろして、愉快そうに口髭を摘まんでいた。


「ようっ! 元気そうだな、ウォルター!」


 ばんっと背中を叩かれて思わずつんのめる彼は二の句がつげない。


 え? ギルマスがなんで? ヒューに剣を教えた? えー?


 そんなウォルターを余所に、ふふっと笑う弟と、したり顔のギルマス。


「いきなり依頼に飛び込んできてな、コイツ。何でも遠方の領地への討伐依頼だってんで、詳しく話を聞いたんだよ」


 そう。超文系で、荒事はからっきしなヒューバートである。

 だからまずは正攻法でと、彼は王都の冒険者ギルドを頼り、討伐依頼を申し込んだ。

 その話を詳しく聞いたギルマスは、話の途中でヒューバートがウォルターの弟なのだと知り、怒鳴りつけたらしい。


『てめぇの兄貴なら、好いた女の窮地を人任せにしたりしねぇぞっ! てめぇも来いっ!!』


 そう捲し立てられ、ギルマスはヒューバートを引きずって、仲間らと共に子爵家の領地へと向かったのだとか。

 当然、嗜み程度の武術の心得しかないヒューバートは役にたたず、ギルマスらは呆れ返り、問答無用で彼に稽古をつけた。


「僕、貴族なのに..... 冒険者達が手加減なしで..... ボコボコにされる毎日でしたよ。うん」


 長期休暇を利用しては子爵家領地へと訪れて討伐に明け暮れる日々。

 それを終わらせても王都のギルドでしばかれ続け、習うより慣れろの精神の冒険者達に揉まれまくったヒューバートは、いつの間にか一端の剣士に変貌する。


 今では冒険者ギルドの隅に籍を置き、依頼があれば手伝うような関係なのだとか。


「ウォルターの弟なんだ。やってやれない訳がないっ!」


 苦笑いするヒューバートの肩を掴んでほくそ笑むギルマスに、ウォルターは言葉もなかった。


「それはまた..... えっと..... ありがとうございました?」


 疑問顔な兄を見て、膨れっ面な弟。


「ありがたくはありましたよっ? 確かにねっ? でも、地獄だったんですよぅっっ!!」


 然もありなん。


 ピチピチと涙をちょちょ切らせる弟に、心の中で謝るウォルター。

 彼は冒険者らの荒らさを熟知している。冒険者は超実力主義。力ない者に容赦はない。

 ウォルターが下手にギルドと関わっていたため、要らぬおはちを食った弟である。


 かっかっかっと笑いながら二人から離れていくギルマスを胡乱な眼差しで見送り、兄弟は顔を見合わせて笑った。


「最初の頃は恨みもしましたが..... 今は感謝しています。この手で愛する人を守れるし。.....何より、領主として民を守れる。少しは兄上に近づけた気がします」


 はにかむようなヒューバートの笑みに、ウォルターは不覚にも喉の奥を詰まらせた。


 ヤバい、泣きそうだ。


 弟の成長を目の当たりにして感無量なウォルター。それを見るヒューバートの瞳にも複雑な慚愧が浮かぶ。

 父親のやらかしで振り回されてきた兄弟の絆は強い。なのに、その全てを兄に背負わせて、ヒューバートは不甲斐ない自分を、ずっと呪っていたのだ。

 今も、兄を差し置いて自分だけ結婚し、妻と幸せになろうとしている。なんたる恩知らずな行いか。


 忸怩たる思いを噛み締めるヒューバート。


 そんな風に己を貶めるヒューバートだが、事実は少し違う。


 年齢的なモノもあったのだ。致し方ないことである。当時、学院に在学中の彼に手伝えることは何もなかった。


 ヒューバートが自力で学院から奨学金をもぎ取ったことでウォルターの苦労は軽減されたし、後にも長く伯爵家を回してくれた弟に、ウォルターは心から感謝していた。


 だからこそ、彼等は身を粉にして伯爵家の復興に努力する。兄は政略と資金を。弟は社交と経営を。


 それは形をなし、今の家族らを笑顔となった。兄であるウォルターも誇らしげだ。

 御互いに謂われなき罪悪感を持つ兄弟。事の発端である父親の事など、ウォルターはすっかり記憶の彼方に葬り去っていた。




「良い結婚式でしたね。幸せにな、ヒューバート」


 翌朝、旅支度を終え、ぽんっと弟の肩を叩くと、ウォルターは急ぎ足で馬車へと乗り込む。

 穏やかな伯爵家を見聞して安心したのもあるし、辺境が心配なのもあり、彼は名残惜しそうに振り返りつつも、幸せな気分で伯爵家を出た。

 しかしそこで待ったをかける者が現れる。


「御待ちなさい、わたくしも辺境に行きますわ」


 驚いたウォルターの視界に映るのは、質素なドレスを身に纏い旅支度万端な母親の姿。


「え? は?」


 意味が分からず、片言しか発せいウォルターへ近寄り、ソフィアを連れた母親は、にっこりと淑女の笑みを浮かべた。


「元々ヒューバートが結婚したら、貴方の元に向かおうと思っていたのよ。貴方に同行出来るなら手間が省けるわ」


 寝耳に水である。


 驚きのあまり眼をぱちくりさせる息子をしたり顔で見つめ、母親はソフィアのエスコートで馬車に乗り込んだ。


「ほら、早く行くわよ? .....王家が動き出したら不味いでしょ?」


 柔らかな笑みに一閃する炯眼な光。

 それを見て、ウォルターも馬車に乗り込み、二人を乗せた馬車は急いで王都の街を駆け抜けていった。

 慌ただしい家族の出立を見送り、ヒューバートと家令は顔を見合わせて悪い顔でほくそ笑む。


「.....僕も動くよ。来てくれるね?」


「もちろんでございます。王家の能無しどもを見返してやりましょう」


 うっそりと口角を上げ、彼等は邸の中へと消えていった。




「いったい全体どういう事なのですか?」


 馬車で向かい合わせに座り、ウォルターは母親に説明を求める。


「そうねぇ。どこから話したものかしら.....」


 やや眉をひそめて語る母親の話によれば、伯爵家が盛り返したのを見て食指を動かす者らが現れたのだとか。


 王家を筆頭とした上流貴族達だ。


 彼等はウォルターの母に後妻の口や入り婿の話を持ちかけ、伯爵家に食い込もうとしていたらしい。

 現伯爵はウォルターだが、実質、仕切っていたのはヒューバート。そして、そのヒューバートが伯爵家から出ていけば、その主権が母親に移る。

 それらを見越し、弟が子爵家に入ったタイミングで、伯爵家を乗っ取ろうという画策が匂ってきたのだとか。

 むろん、その全ては母から袖にされ成就していないが、このまま指を咥えているような奴等でもない。

 特に王家から王命として縁談が持ち込まれれば、今までのように袖にも出来ない。

 ヒューバートが嫁ぎ、ウォルターがいなくなるのを見計らって、奴等が動き出すのは想像に難くはないと語る母親。


「貴方に誰か好い人がいないのかと問われた時には、ビックリしたわよ? まさかとは思ったけど、貴方にまで話が回っていたのかと」


 くすくすと朗らかに笑う目の前の母親に、ウォルターは言葉もない。

 そして瞬間沸騰。

 彼は己の膝を両手で掴み、ギリギリと音がたつほど奥歯を噛み締めた。


「あいつら.....っ! いったい、どこまで下種なんだっ!!」


「同感です。こういっては何ですが、奥様はかねてから美姫として名高い御方。同じように眉目秀麗で地位も高かった前の旦那様と結婚なさるまで、それは多くの方々から求婚を受けておられいたと聞きます」


 親の昔話。


 祖父である執事のマルセルから聞いた話を総合し、ソフィアは己の見解をウォルターに話した。

 

 その昔、名高い美姫だった母親に懸想した者らが、落ちぶれた伯爵家の乗っ取りを画策したのだろうと。

 恋は盲目。一時の熱病として淡い思い出に昇華した者もいれば、未だ執拗に心を溺め取られた者もいる。そんな輩と王家の意向が合致し、今回の縁談話に繋がったのではないかとソフィアは語る。


「前の旦那様がアレでしたからね。心から奥様に心酔する殿方にとっては、許しがたい行状だったのでしょう」


 同じ男として、それは分からなくもないウォルター。

 もしサンドラが新たな婚約者を迎え、結婚し、その暮らしが夫の浮き名に泣かされるようなモノであれば、きっとウォルターも黙ってはいられないだろう。

 なんとかして彼女の窮状を救おうと動くに違いない。

 身分が絶対な上流階級の貴族達に、それと同じことを考える者がいるというのが意外ではあるのだが。


 ウォルターの思考を見透かしたのか、ソフィアは、じっとりと眼を据わらせて首を横に振る。


「ウォルター様の考えるような綺麗事ではありません。そういった恋慕もあるにはあるでしょう。だけど奴等の欲望の八割は伯爵家の乗っ取りです。奥様を手にして、貴方様を操ろうという姑息な企みが見え隠れしてございます」


 さらに言えば、潤沢となった我が家の資金の横領か。


 ウォルターの口角が不均等に上がり、彼は獰猛な笑みを浮かべる。

 辺境で生きるか死ぬかの修羅場にどっぷりと浸かって生きてきた彼にとって、王都の人間らなどモノの数ではない。

 圧倒的な魔法を誇る魔族と比べたら、物理的に何とかなる騎士や兵士など有象無象も同じ。

 修羅の巷を這いずり回ったこの十年で、ウォルターの戦闘力も桁違いに上がっている。


「.....我が家を侮るとは。良いでしょう。共に辺境へと向かい、一緒に暮らしますか」


 残忍に微笑む彼を呆れ気味に眺めつつも、ウォルターの母親とソフィアは優雅に笑った。


「ふふっ、サンドラちゃんや孫らに逢えるのが楽しみだわ。貴方ったら、いつの間に手を出していたの? お堅い息子だと思っていたのに、上出来ね」


 そっちですかっ!!


 突然色めいた含みを言葉に乗せられ、ウォルターは母親をまともに見れない。

 まさか、サンドラに押し倒されたのだとも言えず、彼はあからさまに視線を泳がせた。

 その頬に走る朱が微笑ましい。


 元々が稀代の色事師として名高い前伯爵に瓜二つの容貌。さらには、この十年で培われた一端な男としての貫禄が今の彼には満ち溢れ、ヒューバートの結婚式や御披露目でも、ウォルターは年頃な御令嬢らの熱視線を浴びていた。

 今のところ、彼はまだ独身男性である。領地が辺境である事をのぞけば、地位もそれなりで資産も唸るほどあり、超優良物件だ。


 十年前には思いもよらなかった現状。


 今回のことでサンドラとの関係がバレつつあるが、それを差し引いてでもウォルターを手中にしたい女性らは掃いて捨てるほどいるだろう。


 親子揃って因果な宿命である。

 

 ウォルターにいたっては過去の因縁から女性蔑視なきらいがあり、その難儀さは標高を増していた。


 女関係にだらしなかった父親と比べ、どちが良いのか分からないが、ある意味母子共々、善からぬ奴等に目をつけられているのだ。

 そんなとばっちりが己の身に振りかかるとも知らず、ウォルターは各街や村で馬を替え、最速で辺境を目指した。

 足早に王都から遠ざかっていく伯爵親子。


 今の王宮は、そんな彼等をしらない。

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