第18話 ちょっと思い出してみる ふたつめ ~伯爵の過去~


「.....放逐ですか?」


「然なり」


 後日、父伯爵を伴い登城したウォルターは、王女殿下からの沙汰を聞いていた。国王陛下も同席しておられる。正式な沙汰だった。


 ・一つ、父伯爵から爵位を剥奪。平民とする。

 ・二つ、この国に住まうことは許さない。即刻、国外へ出るように。

 ・三つ、伯爵家の御取り潰しはしない。多くの御令嬢に慰謝料が発生する案件だ。伯爵令息はこのまま爵位を継ぎ、真摯にそれらにあたるよう。


 そこまで説明し、王女殿下は憐憫の眼差しをウォルターに向けた。

 

「そなたには重ねがさね苦労をかけるが、そこな慮外者を父とした不遇を呪え」


 あまりの重い罰に固まるウォルター。


 爵位剥奪までは覚悟していたが、まさか国外追放とは。


 聞けば、父と関係を持った女性達の夫君や父親らの意向だという。

 大切な妻を寝とられ、可愛い娘をたらしこまれ、彼等は怒り心頭。

 通常でも、侮辱した、されたで刃傷沙汰が起きる貴族界隈である。端金の慰謝料より、本人を奈落の底に突き落としてやりたいと、陳情が集まったらしい。


 なにより、平民となっても父伯爵に傾倒する婦女子が、その生活を支えようとするのが目に見えていた。それを阻止する思惑もあるのだろう。


 あ~、目に浮かぶようだわ。高嶺の花だった貴族が落ちてきたなら、こぞって囲おうとする富裕層の御婦人もいるだろうなぁ。


 有名貴族らの絵姿は市井にも出回っている。適齢期の王子様方を差し置いて、売れ行きNo.1なのが、既婚者である父伯爵の絵姿だった。

 その本人が平民となったなら、それこそ女どもの争奪戦が始まるだろう。今は被害者ぶってる御夫人や御令嬢らも参戦するに違いない。

 それをよしとさせないための国外追放である。


「少なくとも目につかぬのであれば、溜飲も下がるでな」


 奥歯にモノの挟まった王女殿下の言葉。


 うん、分かります。他国でも似たようなことは起きるでしょうね。

 父の性根が改まらない限り、ついて回る宿命だった。後は本人次第だ。


 そう沙汰が下り、騎士に捕縛された伯爵は、そのまま馬車に乗せられて国外へと追放される。

 この国から何も持ち出させないためだ。馬車には最低限の荷物が用意されており、ウォルターにだけ見送られて、父親は隣国へと旅立っていく。


「あちらで働いて少しでも金子を送るよっ! 本当に申し訳なかった! 家族を頼むね、ウォルターっ!!」


 馬車の窓から乗り出して、涙目で叫ぶ父親。それを見ても、ウォルターの心は何も感じない。

 どう考えても本人の自業自得だし、百歩譲って自由恋愛の範疇であるとしても、その相手が配偶者を持つ以上アウトだろう。

 両手で足りないほど浮き名を流したのだ。そんなに妾を持てる甲斐性もないくせに。

 隠し子の事だけでも業腹である。その母親達を妾とし、暮らしを保証するために消費された莫大な金子。全ては事後報告で、現在、伯爵家の財政は火の車。

 父伯爵が爵位を剥奪され、そちらも清算せねばならないし、手をつけたとされる御令嬢らへの慰謝料も捻出せねばならない。

 夫君を持つ御夫人らは事を荒立てたくないらしく、父伯爵を国外追放としたことで、相手の配偶者は溜飲を下ろしてくれた。


 まことしやかな秘め事に溺れ、身を持ち崩した御令嬢達は自業自得なのだが、それでも責任は男にのし掛かる。


 不条理だよなぁ。ほんと。


 だが、オーエンス伯爵家が貴族の面汚しをしてしまった事実は消せない。


 さて、これからどうするか。


 彼の脳内は、あらゆる問題で一杯だった。




「取りあえず、売れるモノは何でも売ってくれ。邸もかまわない。もっと小さな家に引っ越そう」


 莫大な慰謝料を支払うため、伯爵家は領地を王宮に返還して金子に変える。さらには家中の物を売り払い、ついでに邸も売り、全てを慰謝料にあてた。


 それでも得た金額は慰謝料全体の半分ほど。


 職のないウォルターは、そこら中を駆け回り働き口を探した。

 しかし父の悪行が知れ渡った今、彼を雇ってくれるような奇特な所はない。


 取りあえず身分の関係ない冒険者として登録し、魔物退治に明け暮れ、家族の生活を支えるウォルター。


 これも、伯爵家にあった得物の一つでも残っていたら楽な仕事だったのだが。


 オーエンス伯爵家は代々武人の家系だ。過去には華々しい活躍もあり、幾度となく貴重な武具を王家より賜っていた。

 祖父と父親が揃って文系の優男だったせいで、ここしばらく陽の目を見なかった各種武器。それも今代のウォルターが継承して、騎士に役立てるはず予定だった。

 そこまで考えて、ウォルターは自嘲気味に嗤う。


 残っていても結局は慰謝料の補填に売らねばならなかったはずだ。同じことである。


 少しでも国の役にたとうと、ウォルターは毎日魔物退治に勤しんだ。





「御兄様、今日も魔物退治ですか? 少しは御休みになっては如何でしょう?」


 心配げに兄を見上げる妹のシャロン。


「そうですよ。わたくし達の刺繍や仕立ても順調にいっているのだから」


 柔らかな笑みを浮かべて息子を見る母親。


 あれから、爵位以外全てを失ったオーエンス伯爵家は、郊外の小さな家で暮らしている。

 奉公人も解雇し、平民と変わらない生活を余儀なくされたオーエンス一家に、家令だったマルセルとその孫娘のソフィアは何故か当たり前のようについてきた。


「もう給金も払えない。ついてきても良いことはないぞ?」


 焦り顔で話すウォルターに、家令はふくりと笑う。


「先代様や先々代様から俸禄は十分にいただきました。ここからは爺の趣味でございます。老い先短い老人の娯楽に付き合ってくださいませ」


 つまり、老後の楽しみとして無報酬で家令をやらせろというマルセル。

 ソフィアも祖父の趣味に付き合うらしく、二人とも思い切り良くオーエンス伯爵一家についてきた。


「押し掛け奉公人でございます。給金など心配めさるな。坊っちゃま達の行く末を確認するまで、この老骨が力となりましょう」


 まるで某かの天啓でも受けたかのような使命感に燃え、力強く拳を握りしめる老人に、言葉もないウォルター。


 なんでも二人は、長く伯爵家に仕えていたおかげで十分な蓄えを持ち、この先は遊んで暮らせるらしい。

 その蓄えを伯爵家のために差し出そうとした二人だが、ウォルターは断った。

 これはマルセル達のモノなのだ。主とはいえ、手をつける訳にはいかない。

 それどころが、一番長く献身的に仕えてくれてきた二人に満足な退職金も出せず、彼はマルセルらに平謝りする。

 そんな若い主を見捨てず、マルセル達は郊外に用意された小さな伯爵家を改築し、自分達用の離れを造ってやってきたのである。


 そのおかげでウォルターは安心して仕事に出掛けられた。


 ソフィアは、貴族令嬢で物知らずな母や妹にもやれそうな仕事を取ってきてくれたし、日々の暮らし方も教えてくれた。


 刺繍や仕立てなど、御令嬢らが得意とする部門だ。喜色満面で仕事を行う家族を見て、ウォルターは己を情けなく思う。

 本来なら家族に何不自由なく暮らさせてやるのが当主の義務だ。なのに、現実は生活費の足しにと苦労を強いる始末。


 なんと不甲斐ない。御先祖様に申し訳無さすぎる。


 弟のヒューバートも一丸発起し、学院から奨学金をもぎ取った。

 特別枠の奨学生だ。誰に後ろ指を指されることもなく、未だ平穏無事に学院で学んでいる。


「兄上に肩身の狭い思いはさせません。わたくしは大丈夫です。御心配なく」


 出来過ぎな弟だった。ヒューは実家の負担にならないよう、学院の寮でくらしている。


 何にもしてやれず、ダメダメな兄貴ですまない。


 がっくりと、一人消沈するウォルターを執事が好好爺な眼差しで見つめていた。


 そんなこんなで、てんやわんやではあるが、新たな暮らしを始めたオーエンス伯爵一家。


 おっかなびっくり料理をする母親をハラハラしながら見守るウォルター。


「きゃあぁぁっ、火がっ、火がっ、ソフィアーっ」


「大丈夫です、奥様」


 フライパンにひいた油に火を引火させ狼狽える母親。それをしれっと一瞥し、パコッと蓋をするメイド。

 横では妹のシャロンが芋の表面を削り落としている。曲面に沿って剥くのではなく、そのまま景気良く直線にナイフを入れて芋を削るシャロン。

 やりきった感満載な彼女の手には、謎の立方体があった。元の芋の半分もない質量。身の半分は皮とともに切り落とされている。

 他にも似たような経緯を辿ったと思われるニンジンなどの皮の山も大量にあった。

 しかしソフィアは慌てず動じず。その皮を拾い集めて、グラグラ煮たった鍋にぶちこみ、湯がいたそれらから指で皮を剥くと、全て混ぜ合わせてサラダにしてしまう。

 

 さすがはプロである。


 唖然と一部始終を眺めていたウォルターに微笑み、ソフィアは口許へ可愛らしく人差し指をたてた。


「まずは経験ですのよ、坊っちゃま。一々失敗を咎めていたら成長しません。何事も慣れですわ」


 好きなようにやらせて、日々慣れさせれば、自ずと手際は良くなる。基本も無いのに細かなことを言っても理解は出来ない。まずは知ることからだと宣うメイド様。

 

 マルセルも、雑巾を絞ることすら出来ない妹に、ハンカチから絞らせて丁寧に教えている。


「お嬢様が何処に嫁がれても苦労なさらぬよう、このマルセルが沢山教えて差し上げますからな」


 ニコニコ笑顔で、掃除に勤しむ二人。その姿は使用人と御令嬢ではなく、微笑ましい祖父と孫のようだった。


 想定外の協力者達に大きな安堵を覚え、思わず破顔するウォルター。

 前途多難そうに見えた伯爵家だが、忠義な家令達の力添えもあり、気づけばそれなりの生活で普通の家族をやっていた。

 それもこれも、献身的に教えてくれるマルセル達がいたからだ。彼等がいなければ、今頃どうなっていたことか。想像もしたくない。


 忠義に篤い二人に心から感謝するウォルター。


 そんなこんなで日々が過ぎ、ウォルターは冒険者の片手間に色々な仕事も請け負うようになる。


 貴族の護衛や、仲裁、商談の同席など。


 元々貴族で騎士団への入団が決まっていたウォルターだ。冒険者としての経歴から、平民のアレコレにも下手な富裕層より詳しい。

 今だって生活は平民並みに落ちぶれてはいるが、一端の伯爵である。権限もあるし、話を通せる。

 どちらにも精通する器用な人物。そんな彼を頼り、冒険者ギルドには多くの指名依頼が舞い込んで来ていた。

 

 そして一年もたった頃。国王より召喚を受け、ウォルターは久方ぶりに王宮へ登城する。




「久しいな、オーエンス伯爵よ。少し痩せたのではないか?」


「御言葉、勿体無く存じます。して、わたくしに御用件とは?」


 あれから一年。身を粉にして働き、ウォルターは慰謝料の返済に苦心していた。

 家族の働きで生活費を支えられ、彼の収入の殆どを慰謝料にあてられ、微々たるモノではあるが、確実にその残高は減っている。

 あと十年もすれば、完済出来るだろうと目処もたってきた。

 誠実に稼ぎを返済に回すウォルターの姿に感銘を受け、彼を雇っても良いと言う貴族らもチラホラいて、国王にはその打診が来ている。

 元々、王宮騎士団への入団が決まっていたように、将来有望な貴族男性だったウォルターだ。

 その瑕疵が払拭されれば、引く手数多の人材だ。元より本人の瑕疵ではない。嘲笑や侮蔑の噂は一時の事。それが過ぎ去れば、無責任な同情や憐憫も生まれてくる。


 ウォルターは、それが一番嫌いだった。


 御為倒しですり寄る貴族達。

 今まで面白おかしく父伯爵と、オーエンス伯爵一家の没落を揶揄していたその口で、今度は偉そうに施しを仄めかす節操の無さ。

 如何にもお気の毒にと近寄ってきて、その権力を利用しようとする下級貴族達。まだ初志貫徹で、オーエンス家を排除する上級貴族らの方が好感が持てるウォルターである。

 

 誰がてめぇらの手なんか取るかよ。

 

 彼は腐っても伯爵なのであだ。領地のない貴族に支払われる俸禄は微々たるもの。しかし、それが保証となり、結構大きな信用貸しが出来る謎な世の中。

 まあ、その俸禄は全て慰謝料に回されているので、実際には無いも同じなのだが。


 苦々しげなウォルターの顔を見て、国王は某かを含むように狡猾な笑みを浮かべた。


 良い青年だ。父御の事さえなくば、王女の伴侶としても良いくらいの実力を持つ。

 学院を主席で卒業し、すぐに王宮騎士団に入団を決めた前途ある若者。すでに婚約者がいたため、打診も叶わず、当時の国王は臍を噛んだものだ。


 今の彼は貴族とは名のみの冒険者と聞く。この一年に知名度を上げ、王宮にも彼の活躍が漏れ聞こえていた。

 それに伴い、ウォルターへの恩赦を望む声も高まってきている。主に御婦人方から。


 幸か不幸か父親の遺伝子が働き、この青年は見目がすこぶる宜しい。


 色目が地味なためあまり気づかれないが、鼻梁も高く整った美貌は隠せない。

 滴る水も色褪せるとまで称された父親の顔立ちを、これでもかと継いでいた。

 まだ幼さの残る面差しが、父親にはない魅力として際立ち、御婦人らの庇護欲を煽ったようである。

 これに苦虫を噛み潰したのが、御婦人方の夫君や婚約者達。

 彼等はウォルターの人柄を理解力しつつも、彼が王都にいることに難色を示した。

 

 蛙の子は蛙だと。いつかは父親と同じ轍を踏むのではないかと戦々恐々。


 力ない貧乏伯爵家であることも、それに拍車をかける。彼に感情移入した女性らが、ウォルターを獲んがために愚かな迷走をしかねないと。

 すでにその片鱗が現れており、王宮に陳情という形でウォルターに恩赦を願い出る者が後をたたない。


 あの醜聞から、たった一年しか過ぎていないにもかかわらずである。


 この一連の問題から、彼を王都に置いておけないと考えた国王は、その実力を買っていることもあり、ウォルターに新たな領地を与え、そこを統治するよう命じた。




「魔族との国境線防衛ですか?」


「左様。そなたの実力を見込んで辺境の防衛を任せたい」


 あまりの急展開について行けず、ウォルターは目の前が真っ暗になった。


 彼の災難は終わらない。

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