第6話 ちょっと日常がおかしすぎる


「......視察がくる。明日には到着すると報せがきた」


「.....だから?」


 あれから泣く泣く、伯爵と養子縁組した梅と桜。

 書類上の関係で、基本は好きにしていて構わないと言われ、安心していたのだが、いきなりやってきた伯爵は、梅に一枚の書簡を差し出した。


「正式な使者だ。もてなさねばならんのだが.....」


 言葉少なに梅をチラ見する伯爵。


 あー、そういうね。


 魔族に襲撃されまくりの辺境だ。真っ当な食事ひとつ作れない。驚いたことに伯爵自身も特別な食事などはしておらず、兵士らと変わらない生活を送っている。

 贅沢とも無縁で、したくても出来ないという内情なのだろうが、それでも、文句ひとつ言わない伯爵に、梅は、ちょこっとだけ好感を抱いていた。


「申し訳無いと思っている。その分、後見として良い縁談とか回すから.....」


「全力で断る。縁談の方ね。もてなしの方は引き受けるよ」


 こんな御時世だ。梅は出せるだけの支援をメンフィスの街に行っていた。

 日に一回は炊き出しをやり、温かい食べ物に涙する人々。

 千人程度の街だ。中でも生活に困窮する貧民は数百人。

 梅は街の教会に協力し、野菜やウインナーなどでスープを毎日こしらえる。


「腸詰めを使うなんて贅沢な.....」


 そこここから聞こえる嫌味。

 それを無視し、梅はインベントリから出した材料を鍋にぶち込んでいく。塩気のみの薄味なスープに、こそっと混ぜる数個の固形コンソメ。

 それたけで劇的に変わるスープの味。


 ほんと現代の調味料って、偉大よね。


 さらに塩コショウと醤油を一振りした梅の炊き出しは好評で、こないだ作った畑が軌道に乗るまでの繋ぎにはなるだろう。

 あれから、梅の耕運機を使い、いたる所の畑が開墾され直している。堆肥や腐葉土も配布した。前よりかなり作物を育てやすくなったはずだ。


 そして梅は、女神様からもらったインベントリがガチチートであった事実を知る。


 子供の梅が運ぶには重たいので、使いかけの堆肥をインベントリにしまったところ、なんと、開けたはずの袋が未開封状態に戻ったのだ。

 つまり、少し残した状態で収納すれば、このインベントリで新品同様に戻される。なんということでしょう。

 唖然とする梅だが、この世紀末状態の辺境では願ってもいない幸運だった。


 いくら使っても減らない食べ物。まるで打出の小槌のようではないか。


 ほくほく顔で炊き出しをする梅。


 そんなこんなで、梅の存在がメンフィスの街に定着した頃。.....騒動はやってくる。




「視察かぁ。アタシが気をつけることある?」


 梅はインベントリから肉やチーズなどの加工品等を出しつつ、伯爵に尋ねた。

 その端っこをナイフで切り取り、インベントリに戻して復活させておくのも忘れない。

 渡された食料を兵士に運ばせながら、伯爵は言いよどむように重く口を開いた。


「たぶん、私が孤児を引き取ったという事実の確認なのだと思う。独身なのでな。私に万一があれば、お前が継ぐ爵位だ」


 伯爵は苦々しげに口元を歪め、吐き捨てた。


「そうなったら、相続放棄して桜と逃げるから、ダイジョブ」


 思わず眼を丸くする伯爵を余所に、梅はのんびり茶をすする。

 梅が望んだのは、まったりスローライフだ。それで良いとあの駄女神も言っていた。存在してくれるだけで構わないと。

 知識や技術を与えて欲しいと言われただけなのだ。それを済ませつつ桜を一人立ちさせたらお役御免。


 まあ、アタシに与えられる知識や技術なんで知れてっけどね。


 インベントリの物資や、趣味の農業と料理、主婦の知恵程度。それでも足りないモノだらけな辺境なら役立つだろう。

 のんびりマイペースな梅に言葉を選びあぐねいているのか口数の少なかった伯爵が、何かを思い出したかのように、ハッと顔を上げた。


「そうだ、もうひとつ。お前、食器を持ってはいないか? 出来れば磁器の」


 メンフィスは魔族と戦う最前線だ。戦場に毛が生えたような街である。高価な陶器や磁器はない。以前は少しあったのだが、割れ物は管理が難しく長い戦いの中で失われてしまった。

 やってくる使者達の責任者らは貴族だ。彼等に木や銅の食器は出しにくい。

 辺境の状況が状況だし、黙認してくれるには違いないが、それでも舐められてしまうのは避けたい。貴族の矜持にかかわる。


 そういった説明を受けて、梅は相手の人数や必要な食器の種類を聞く。


「各十枚ずつくらいか。身分ある者の分だけでいい。出来たら揃いで。種類がバラバラだと、有り合わせ感が出て見目が悪い」


 スープ皿、その下の皿、サラダに前菜、メインにデザート、取り分け用の小皿。他、細々。

 食べ物に余裕がないので、大皿料理は作らず、個別に出す方式にするらしい。


 それを十枚ずつくらい揃いでか。


 梅はしばし思案する。


 前世は四人家族だったので、揃いモノは沢山あった。大抵の食器は五枚ずつのセットで買っていたから。

 しかし、その倍の十枚。しかも統一感のあるモノとなると難しい。

 食料や肥料などと違い、食器はつかいかけ状態を作れない。チートインベントリでも増やす事が出来ないのだ。


 気に入ってたブランド系なら統一感もあるけど、五枚ずつだしなぁ..... どうしたものか。


 うーんと唸る梅は、ふとある食器が眼に入った。


 これだっ!!


 ポチポチとタップして、梅の出した食器に眼を輝かせ、伯爵は喜び勇んで屋敷に帰っていった。


 そして翌日。


 娘として紹介され、使者達と食事をした梅は、驚嘆する彼等にほくそ笑む。


「料理もさることながら、この白磁の食器は見事の一言ですな」


「流石は伯爵様だ。透き通るような質感。しかも滑らかな流線型。いったい、どのような職人を抱えておられるのか」


「一部の狂いもない仕事ですね。王宮でも見たことのない素晴らしい食器です」


 料理とともに褒め称えられる真っ白な梅の食器。


 使者達に面目が果たせて、満足気な笑みを梅に向ける伯爵。


 梅は心の中で苦笑い。


 ごめん、これただの某有名メーカーが開催するパ○祭りで貰った景品です。


 春のほにゃららと銘打ち、毎年行われる○ン祭り。家族四人の消費率は半端なく、毎年十枚以上ゲットしてたお皿達である。

 ボウルから小鉢型まで、色々揃った真っ白なお皿。丈夫で欠けることも滅多になく、普段使いにぴったりな食器だった。


 こうして窮地を乗り切り、現地視察も兼ねた使者らを毎日案内しつつ、伯爵は梅の言葉を考えていた。


 いざとなったら逃げる。


 今は子供だが、いずれは成長して大きくなる。そうなれば、彼女の言うように逃げる事も可能だ。

 何より梅には大量の物資を詰めたアイテムボックスがあるのだ。どこでだって暮らしていけるだろう。

 前回の事といい、今回のことといい、今の街の日常といい、伯爵は梅に助けられてばかりだった。


 彼女を助けるために養女としたのに。


 いずれは良い縁談を与えて、苦労のない暮らしをと思っていたが、梅はそれを望んでいないようだった。


 実際、あいつは苦労なんかしていないものな。


 女神様から頂いたという祝福で、やりたい放題な幼子。食べるに困らず、住むに困らず、着るに困らず。

 むしろ、こちらが困窮するを助けてもらってばかりだ。

 思わず苦笑する伯爵は、ふと目の端を過る金髪を見送る。


 そこには略式だが正装のサミュエルがいた。公式の使者を迎えるため、一張羅を身にまとう兵士達。

 そのなかでもサミュエルは一際眼をひく。

 元々、王都の子爵家三男坊。正装に着られた感満載な他の兵士らと違って、サミュエルの正装は板についていた。

 近衛騎士だった彼が、何故に最前線のメンフィスへと送られたのか、伯爵は知っている。二度と王都に戻れないだろうことも。


 そして、伯爵の眼がにんまりと弧を描いた。


 伯爵としては、自分が妻を娶ることを望んでいない。ちょいと色々あり、王都を飛び出してきた経緯のある伯爵は、己の代で今の伯爵家を終わらせるつもりだったのだ。

 性的な欲求は娼館で事足りる。愛する者を絶対に伯爵家には関わらせたくなかった。

 それだけの唾棄すべき理由が、伯爵家にはあるのだ。

 梅を引き取ったのだって、一時避難的なもので、伯爵家からどこぞの良い家へと嫁がせれば、そこで縁を切れると思っていた。

 いずれ老いたら爵位を返上し、隠遁生活でも送ろうと思っている伯爵。


 しかしそれとは別で、梅の持つ力は見過ごせない。

 彼女のアイテムボックスの中にある物資がどれほどかは分からないが、まだまだ余裕がありそうなのは確かである。ならば、余裕のあるうちは協力してほしい。出来たら、メンフィスに永住し、新規開拓を手伝ってもらいたい。

 

 そんな事を考える伯爵の眼に映るサミュエルは、好条件の婿候補に思えた。


 肩書きだけとはいえ、子爵家の令息ならば伯爵家に婿入りしても釣り合いが取れるし、今年十七歳のサミュエルなら、梅の相手として年回り的にも悪くはない。

 あと五年もすれば成人する梅には似合いの相手だろう。

 元近衛騎士であるサミュエルの武術は見事だし、戦にサミュエル、街に梅と二枚壁が出来れば、メンフィスの街も暫く安泰だ。

 

 問題と言えば伯爵家の血を継がせられない事だが、どうでも良い家門である。大した問題ではない。むしろ伯爵家の血を絶やせるなら本望である。


 実現すれば、今の伯爵にとって、この上ない最良の未来。


 何か色々と複雑そうな背景があるらしい伯爵の目論見も知らず、今日も梅は畑を耕していた。


「ほあー、やっと終わったわ」


 にぱーっと笑う彼女の前には一面に植えられた多くの果樹。

 インベントリに仕舞われていた各種苗木を持ち出し、一種類ずつ植えてみたのだ。

 過去に何度も失敗しつつ繰り返してきた家庭菜園のおかげで、インベントリの中には豊富な苗や苗木、種が保管されている。

 その中でもF1系を避けて、梅は沢山の種を街の畑にも配り歩いた。F1の種は同じ品種を受け継がない。交配された品種をランダムに生み出すガチャのような種しか出来ないため、安定した種の供給をする原種系のモノを周りに配る。


 アタシがいなくなっても立ち行くようにしておかないとね。サミュエルにも畑を手伝ってもらって、しっかり作業を覚えてもらお。でないと教えられる人がいなくなるしね。


 すでにいなくなる事を想定して行動する梅と、梅に永住してもらおうと画策する伯爵の仁義なき戦いが、火蓋を切った。


 蚊帳の外のはずなのに、何故か、その目論見に組み込まれていることを、今のサミュエルは知らない。

 

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