第7話 ちょっとヤバすぎる


「どうなってんだ、これは.....っ!」


「どうも、こうもねぇっ! 支えろっ!!」


「.....無理ぃぃ、魔力がぁっ」


 燃え盛る街。阿鼻叫喚の地獄絵図に頽おれる少女。それを庇うように戦う二人も満身創痍。ガラガラと音をたてて落ちる瓦礫の下には多くの人々が蠢いている。


「.....お助け.....ぅぅ.....」

「誰か.....っ、この子だけでもっ」

「お母さんっ、お母さんんんっっ」


 身体を引きずるように逃げ惑う街の人間達を治癒師が誘導、それを兵士らが守っていた。


「早くっ! 少しでも遠くへっ!!」


「.....ぁぁああ」


「何処へ.....? あそこにも飛んでる、何処へ逃げたらっ?」


 ふらふらとさ迷う人々が、まるで幽鬼の如く地を這いずっている。そんな人々を燻る焔がパチパチと炙り、充満する煙が容赦なく喉や肺を灼いていた。

 空襲でも受けたかのように無惨な惨状に、異世界勇者と呼ばれる三人は己の眼を疑う。


 なんで、こんなことにっ?! 昨日までは、あんなに平和だったのにっ!!


 ただの肉塊と成り果てた住民の屍から眼を逸らし、松前悟ことトールは上空を飛ぶ異形を睨み付けた。

 ひゃっひゃっひゃっと高笑いしつつ飛び交う魔族達。


「こんちくしょうがぁぁーーっ!!」


 竹中恒こと魔術師のコウが頭上の魔族らに魔法を放つが、すでに魔力も尽きかかった状況だ。最初と比べ、その威力も精度も低い。

 魔族というだけあって魔法に長けた敵に、今のコウの魔法は全く通じない。

 あっさり跳ね返して、ほくそ笑む異形達。 

 はあっと呼吸を荒らげ膝を着いたコウを見て、慌てて吉田百香ことモカは駆け寄った。

 長時間の激しい戦闘で体力を使い果たしたあげく、極度の魔力枯渇。コウの意識は朦朧とし、その瞳は光が薄い。

 彼の危険な状態を察したモカは顔面蒼白で瞳を戦慄かせた。


「コウさんっ、今、回復をっ」


 だが、その彼女目掛けて上空から降り注ぐ魔法の嵐。避けようもない複数の焔に見舞われたモカを咄嗟にトールが庇い、二人に覆い被さった。

 その背中を直撃する焼夷弾のような雨霰。消えない焔がトールの背面を舐め回していく。


「が.....っ、ぁぁああっっ!」


 数多の焔に焼かれ、トールの喉から絶叫が迸った。


「トールさぁぁんっ!!」


「さと.....るっ?!」


 凄絶な戦いで疲労困憊となり、意識の混濁していたコウが、呑み込めぬ唾液の滴る荒い息の下、モカの悲鳴で俄に正気づく。


「さとる..... さとるぅっ!」


 ブレる視界に苦戦しつつも涸れた魔力を絞り出して、コウは水魔法でトールの焔を消火した。

 ズルリと身体を傾ぎ、二人からずり落ちるトール。その背中は焼け焦げ、二の腕や太ももまで肉の焼ける据えた匂いを放っている。


「いやあぁぁーっ!」


 眼を見開いて絶叫するモカ。


 絶体絶命。


 まるで研ぎ澄まされた死神の鎌を喉にあてがわれたかのように、三人の脳裏を過る凍えた死の予感。


 なんで、こんなことに.....っ!


 全人類に向けて行われた魔族の総攻撃。有無を言わさぬ一方的な蹂躙に人々は為す術もない。


 だが、各国で惨劇が繰り広げられているなか、何故か一国だけ、その戦禍を免れる国があった。




「だからさぁ、私達は海に行きたいの。なのに人間の国が邪魔で行けないから、何とかしようって話になってさぁ」


「ほーん。なるほどねぇ。まぁ、確かにアレは生き物に必須だわなぁ」


 二人の少女が交わす言葉の数々。普通に聞いていたら他愛もない雑談に見えるソレは、国の命運をかけた対談だった。


 事の起こりは一刻ほど前。


 空を多い尽くすほどの魔族の襲来に度肝を抜かれ、梅の住むメンフィスの街は騒然とする。


「総員退避ーっ! 街外れまで下がれーっ! 絶対に奴らを攻撃するなーっ!!」


 いきなりの緊急事態に、伯爵はすぐ撤退を命じた。一目で敗北は必至と看破したのだろう。無駄な抵抗よりも降伏を選んだのだ。

 ただしそれは人々を逃がすための時間稼ぎ。従うふりをしつつ、いざとなれば反旗を返すつもりである。

 兵士達が民を誘導しながら、波が引くように辺境端から押し寄せる人々。そこは樹海側とは反対の街外れ。


 梅の家がある辺りだった。


 突如押し寄せてきた人々に驚き、梅は慌てて兵士を捕まえ話を聞く。


「魔族が.....っ、何時もとは比べ物にならない数の魔族が現れたんだっ!」


「魔族?」


 梅は樹海の方へ眼をこらした。


 そこには確かに数十からなる影が米粒のように浮かんでいる。ひょっとしたら百もいるかもしれない。

 ここを訪れた時見た人間と魔族らの戦い。たった三人の魔族に翻弄されていたサミュエルら数十人。

 あれだけ歴然とした実力の差を覆すのは不可能だろう。ましてや、相手は空を翔る生き物だ。空を制す者は戦場を制す。


「父ちゃんは?」


「.....伯爵様は殿を担っておられます。魔族らを牽制しながら」


 んったく、もーっ!


 たぶんサミュエル達もだろう。行動としては尊敬出来るが、頭を失ったら民らが困窮するのだと分かっていない。現場は兵士らに任せて、司令塔は下がるべきなのだ。

 梅は家に飛び込み桜を背負い、棚からゴーグルやヘルメットを出してかぶる。そして百枚入りのお徳用使い捨てマスクを桜に持たせ、護身用スプレーやスタン警棒を両手に人波を逆走していった。


「ウメ様っ?!」


「誰か近くの街へ救援要請に馬出してっ! アタシ、父ちゃん引きずって来るわーっ」


 わー、ゎー、とドップラー効果を残しつつ消え去る少女を、兵士らは唖然と見送るしかなかった。




「くっそっ!」


 甲高い金属音と火花を飛び散らせ、兵士らは前線を維持している。

 急降下してくる魔族の攻撃を防ぎつつ、ジリジリと後退するサミュエル達。

 魔族も逃げる非戦闘員より、戦力である兵士らの排除を優先するようだ。しかしその差は歴然。サミュエル達は防ぐだけで精一杯である。


「遊ばれてますね.....」


「.....時間稼ぎには好都合だ」


 にやにやとほくそ笑み、上空から見下ろす魔族達。どうやら一人で何人倒せるかを競っているようにみえる。

 今のところ倒された者はいない。反撃せず、防御に撤したのが功を奏したようだ。

 だが、皆、満身創痍。倒されるのも時間の問題だった。

 忌々しげに奥歯を噛み締めた伯爵の耳に、ふと何かが聞こえる。何処からか響く可愛らしい子供の声。


「.....ぅちゃーん」


「え?」


 思わず振り返った伯爵と兵士達。その隙を見逃さず、伯爵らへ襲いかかる魔族。

 上空を滑空する異形を余所に、伯爵は視界に映ったモノを凝視した。


「父ちゃーんっ」


「ウメっ?」


 驚愕に眼を見開く伯爵達の背後へ迫る数匹の魔族を見て、梅は炯眼に眼をすがめる。


「伏せてーっ!」


 梅の叫びを耳にして伯爵らは条件反射の如く伏せた。その背中に飛び乗り、梅はスタン警棒を前に突き出しながら護身用スプレーを全力で噴射する。

 ぶわあぁぁっと一面をおおうほど撒き散らされた赤い煙。デカデカと赤字で注意書がされているぐらい超強力なトウガラシスプレーだ。その効果は抜群。

 滑空の勢いで噴霧の中に飛び込んでしまった魔族は、凄まじい刺激を全身に浴びる。


「ぎゃああーっ?!」


「うえっ?! うげぇっ!!」


 眼を潰し、鼻孔や喉を焼き尽くす極悪な煙。涙や涎でぐちゃぐちゃな顔でもんどりうつ魔族を睨めつけ、梅は伯爵らにマスクを渡しつつ叫んだ。

 外気を防ぐシートを被せられていた桜は散歩気分で、きゃっきゃっとはしゃいでいる。


「逃げるよーっ!」


 鼻を突く異臭を訝りながら、兵士達は梅の見よう見まねでマスクをつけた。伯爵やサミュエルも。


「だが、我々が止めておかねば民がっ」


 マスクをつけても咳き込む刺激臭に苦戦するサミュエル。それをギンっと睨め上げ、梅は眼を剥いて怒鳴りつけた。


「あんたらが死んだら誰が皆を守るのさっ! 特に父ちゃんっ!」


 びしっと梅に指差され、伯爵は一瞬たじろぐ。


「司令塔が前線にいて、どーすんのよっ! 後ろで皆が右往左往してんじゃんっ!」


 そこで伯爵はハッとした顔をする。

 避難誘導を命じた兵士らには樹海から反対へ下がるようにしか言っていない。突然のことで、逃がすことしか頭になかったのだ。


「救援要請の早馬を出すようには言っといたからっ、とにかく逃げろーっ」


 赤子を背にして全身で叫ぶ少女に圧され、戸惑いつつも兵士達が駆け出す。それを見て、数人の魔族が未だに地面でのたうつ同胞の元へ降りてきた。

 涙やら鼻水やらでまともに喋れない仲間達。ひいひいと泣きわめくだけの仲間を信じられない眼差しで見つめ、一人の魔族が逃げていく兵士らを凝視する。


「一体、何が?」


 あっという間に形勢を逆転していった小さな人間。それを遠目に睨み付ける魔族と振り返った梅の視線が、がっちり絡まる。

 そこに梅は、自分と大して変わらない姿の少女を見た。

 真っ赤な髪を高い位置でツインテールにした少女。猫のように大きな眼には金色に輝く縦長な瞳孔。

 可愛い顔立ちの少女は、突き刺さるかのように鋭い視線で梅を見つめている。


 .....怖っ!


 こうして各国で切られた戦の火蓋。それが異空間の茶番劇に転じようとは、この時、誰も思って見なかった。


 とうの梅ですらである。

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る