第3話 ちょっと世界がおかしすぎる


「ようこそ、オルドルーラ王国へ。ここは防衛拠点の街、ルドラです」


 フルプレートの中でもガタイの良い男性が、異世界転生組に挨拶をする。

 居並ぶ兵士らも深々と頭を下げて、三人を歓迎した。


 子供相手に仰々しいが、女神様から神託をしておくと聞いていた三人は、顔を見合わせて兵士達に声をかける。


「俺達の事を御存じですか?」


「はい。教会に御神託がありまして。余所の世界から賢人を招いたと。知識と技術を持つ子供達が現れると」


 なるほど。盛っている感じはあるが、間違いではない。


「何処まで御力になれるか分かりませんが、助勢します。代わりに我々の生活を保証してください」


 この先、どんな人生の目的が出来るか分からないが、それまでの庇護者は必要である。

 この世界を学び、セカンドライフを楽しむには、ここの知識と先立つものが必須だ。

 尋ねるような悟の言葉に、兵士らは満面の笑みで答える。


「勿論ですとも。女神様からの御客人です。歓待いたします」


 無骨な笑顔だが武人らしいそれに、三人は顔を見合わせて安堵に胸を撫で下ろした。


 この後、予想の上をいく悲惨な現実を目の当たりにして頽れるまで。




「あれは.......?」


 一方、樹海を挟んで反対側のオバちゃんは、遠目に見えた街の前で煙を上げる何かと、忙しく動く人影に眼をすがめる。

 どうやら複数の何かが戦っているようだ。

 甲高い金属音や飛び交う炎。風が渦を巻いて爆発したり、阿鼻叫喚な地獄絵図。

 飛び散る血飛沫は本物で、知らず身体をすくませ、オバチャンは近くの岩に身体を隠す。


 なに、アレっ? 


 鎧を着た人間と対峙しているのはコウモリのような羽を生やした人間。

 いや、耳も鋭いヒレのようなソレは人間の形をした異形である。

 

 駄女神の言っていた魔物って奴かな? それとも魔族?


 人形なところを見ると魔族の線が濃厚だ。

 固唾を呑んでオバちゃんが見守る中、勝敗はさっくりと着き、三匹いた魔族らしい奴等が両手に人間っぽいモノを抱えて、高らかに笑いながら樹海へ飛んでいく。

 呆然とそれを見送るオバちゃんの耳に、絞り出すような咆哮が聞こえた。


「まただっ! また、守れなかった!!」


 膝を着いて拳を地面に叩きつける鎧の男性。

 彼等は満身創痍で血糊をいたるところに張り付かせている。


 街の人かな? どうしよう。


 岩の陰から窺っていたオバちゃんは、しばし兵士達を見つめていたが、良く見ようと身体を乗り出した時、足の下の白い何かが壊れ、ぱきゃっと甲高い音をたてる。

 それを耳にした兵士らが、一斉にバッとオバちゃんの方に視線を向けた。

 まるで何かに取り憑かれたかのように獰猛な眼差し。白目が血走り、見開かれた瞳孔に宿る冷たい焔。

 狂気のどす黒い雰囲気を醸す一団は、ギラリとオバちゃんを見据える。


 獲物を見つけた猛獣のような瞳。これはヤバいっ!


 思わず、ぴゃっと仰け反って、慌てて逃げようとするオバちゃんを、信じられない動きで追いついた兵士が、即座に拘束した。

 容赦ない締め付けが少女の細腕を軋ませる。


「何者だっ!」


 力任せに押さえつけられ、彼女のか細い骨は悲鳴を上げた。

 しかしその痛みをこらえ、オバちゃんは唇を引き結ぶ。

 こう言う時に感情的な反応をすると、相手がさらに興奮するからだ。今の彼等は普通の状態ではない。オバちゃんは、そう考えた。


 しかし周囲の異変や、兵士が背中からオバちゃんを押さえた事により、おぶわれていた桜が恐怖に泣き出した。


「ふゃあぁぁぁ、ゃぁぁ」


 猫のように頼りない鳴き声。


 それを耳にした兵士から、みるみる狂気の色が薄れ、恐る恐る捕まえていた幼女を見つめた。


「.....人間? か?」


「です。......痛い」


「すっ、すまないっ! てっきり魔族の残党かとっ」


 慌てて両手を離して、兵士は申し訳なさげに顔をしかめる。

 

 ああ、やっぱ、そういう。


 先程の異形は、やはり魔族だったらしい。抱えていた人間らは拐われたのだろう。

 いきなり解放されてフラつくオバちゃんに、わらわらと兵士が集まってきた。


「ひょっとして生存者か? あの馬車の生き残りかい?」


 一縷の望みをかけるように揺れる瞳。先程までの獰猛さなど何処へやら。

 馬車と言われて、オバちゃんは何かの残骸に眼を向ける。

 それは馬車だったのだろう。原型を保ってはいないが、横たわる馬や、転がる大きな車輪が、元は馬車だったのだと物語っていた。

 そして泣きそうな顔でオバちゃんを見つめる兵士達。


 ここは嘘も方便かな。


 オバちゃんは、兵士達が望むだろう言葉を口にする。


「うん、隠れていたの」


 途端に見開かれる彼等の眼に、オバちゃんは自分の予想が正しかったのだと確信した。


「あああ、救えたっ! たった二人でも救う事が出来たっ! 感謝いたします、女神様っ!」


 あ、それはやめて欲しい。あの駄女神に感謝すんな。


 一時、天に祈りを捧げた兵士達は優しく少女に手を差しのべる。


「生きていてくれて、ありがとう。君の家族は..... たぶん、拐われた中にいたのかも知れないが。すまない」


 悔しげに奥歯を噛み締める男性。金髪が兜の隙間からこぼれ、歪められた眼には空色の瞳。

 金髪碧眼か。異国人の定番だね。

 差し出された手を取り、オバちゃんは、ゆるゆると首を横に振る。


「ううん、アタシに家族はいない。背中のこの子が唯一の家族だから」


 金髪碧眼の男性は、一瞬眼を瞬かせたが、小さく、そうかと呟くと、力強く少女の手を握った。


「ようこそ、メンフィスの街へ。防衛拠点の最果ての街だ」


 柔らかく微笑んだ男性を見て、オバちゃんは、つと眼を見張る。


 この人、けっこう若いんじゃないかな?


 そんな益体もない事を考える少女を抱き上げ、兵士達は肩を落としながらも街へと足を向けた。

 馬車の残骸に黙祷を捧げ、くるりと踵を返す。


「あれは移民の馬車だった。隣国と交渉して、足りなくなった労働力を譲ってもらったんだ。なのに.....」


 ギリっと食い縛られる歯。


 何でも、人間の国の中で、もっとも被害が甚大な国が、ここハルフェス王国なのだそうだ。

 ハルフェス王国が落ちれば、その左右の国の被害が増える。

 そのため、隣国はハルフェス王国を生かすために協力してくれていた。

 しかしハルフェスの兵士達が護衛する中、魔族の襲撃を受け、譲り受けた民を拐われたらしい。


 ぽつぽつと呟かれた話を総合すると、そんな感じである。


 オバちゃんは、金髪の彼の頭をポンポンと撫でて、にっこり笑った。


「アタシ達は救われたよ。ありがとうね。本当に」


 無垢な少女の労りに、金髪の彼は眼の奥が熱くなる。

 今までも散々襲われ、殺され、拐われ。彼に限らず、兵士達の苦悩は臨界点を越えていた。

 肉体的にも精神的にもピークを迎えて、まるで野獣のように魔族らと戦う毎日。

 なのに、街では誰もが兵士らを蔑み罵る。

 役立たずだと。隣国は魔族の襲撃を防いでいるのに、何故に我が国では防げないのかと。

 口性なく浴びせられる暴言に反論も出来ない日々。


 だけど目の前の少女は言う。


 ありがとう、と。


 裏表のない子供の素朴な称賛や感謝は、いたく兵士らの胸に染み入った。


 ああ、まだ戦える。この笑顔のためなら、立ち上がれる。


 幾久しく触れていなかった暖かい言葉を胸に、兵士達は少女を連れてメンフィスの街へ戻っていった。




「結局護衛失敗かっ! どうするんだっ? もう、薬も食糧も残り少ないんだぞっ?!」


 戻ってきた兵士らを出迎えたのは身なりの良い若い男性。

 茶色い髪に深緑の眼を怒らせて、頭ごなしに怒鳴り付けてきた。

 どうやら、移住者の他に物資の支援も受けていたらしい。

 その全ては馬車と共に燃えてしまったが。


「申し訳こざいません、伯爵」


 深々と頭を下げる金髪の彼。兜を外した姿は、端整な美貌の若者である。

 その下げられた頭を忌々しげに睨めつけ、伯爵と呼ばれた男は、大仰な溜め息をついた。


「貴様の安い頭など幾らでもすげ替えがきくのだ。下げる価値もない。まだ芋の一袋の方が価値がある」

 

 死地を潜り抜けてきた人間にかける言葉とも思えなかったが、ある意味それが正しいのだろうともオバちゃんは考える。

 ここに来るまでの光景が眼にこびりついていたからだ。


 薄汚れ痩せ細った人々。歩いている者はまだマシで、ところどころに力なく横たわる人達。

 生きているのかと心配で、思わず凝視してしまうほど、街は惨憺たる有り様だった。


 一人の命より、複数を救える食糧の方が価値が重い。そんな無情が罷り通る世界なのだろう。


 グチグチと嫌味を並べる男性を一瞥し、オバちゃんは金髪の彼をかばうように進み出た。

 

「なんだ、お前は」


「移住者の生き残りです。現場で隠れていたので保護しました」


 金髪の彼が説明するが、伯爵と呼ばれる男は鼻で嗤う。


「はっ、こんな物の役にもたたない子供なんぞ連れてきてどうすると? 無駄な食い扶持が増えるだけではないか」


 嘲るかのように吐き捨てる男を辛辣に睨めつけて、オバちゃんはインベントリを開いた。

 無駄に五十年も生きてはいない。その半分は家族四人で暮らしていたのだ。

 インベントリの中には、正しくオバちゃんが手に入れた全ての物が納められていた。


 ディスプレイをスクロールし、ジャガイモを見つけると、それを何度もタップする。

 途端、目の前に現れた芋の山。袋入りから、契約農家の段ボールまで。床一面に無数の芋が転がり落ちた。


「なん.....っ?」


 絶句する周囲を余所に、オバちゃんはフンっと鼻息を鳴らす。


「芋が欲しかったんでしょ? あげるわよ、助けてもらったお礼にね」


 部屋を埋め尽くすようなジャガイモの山。これだけ出してもインベントリ内の数は大して減ってはいない。恐るべし五十年分のジャガイモさん。


「君はいったい.......?」


 驚愕に顔を強ばらせて尋ねる金髪の彼に、オバちゃんは快活な笑顔で答えた。


「梅だよ。アタシの名前は梅。背中の子は桜。助けてくれて、ありがとう」


 オバちゃんの笑顔におされ、金髪の彼も、くしゃりと切なげな笑みを浮かべる。


「私はサミュエル。こちらこそ、ありがとう。こんな...... 凄い。ああ、本当に心から感謝いたします、女神様」


 いや、だから、あの駄女神に感謝すんなしっ!


 喉元までせりあがってきた言葉を無理やり呑み込み、少女は複雑そうに苦笑いする。

 そんな少女の肩を掴み、伯爵とやらが剣呑な顔で梅を見下ろしてきた。


「お前、アイテムボックス持ちかっ! 他には何があるんだ?!」


 アイテムボックス? こちらでは、そう呼ぶのかな?


 無遠慮なゴツい手を振り払い、オバちゃんは挑戦的な三白眼で伯爵を睨め上げる。


「何があろうと関係ないでしょ? 無駄な食い扶持にならないようにと、助けてくれた兵士さん達への御礼に出しただけよ」


「その物資は我々に送られた支援だっ! 全部出せっ!」


「はあ? アタシみたいな子供に、そんな事させる訳ないじゃない。アタシの物はアタシの物よ」


 あまりに理不尽な言い掛かりに、オバちゃんは眼を剥いた。

 サミュエルも援護射撃に回る。


「そうです。隣国からの支援は馬車に積み込まれました。その目録はこちらです」


 彼は懐から巻かれた羊皮紙を取り出して伯爵に渡す。それを奪い取り、伯爵は目録に眼を通した。


「これだけかっ?」


「それだけです」


 目録には野菜や小麦などの食糧のみで、期待していた薬や薬草の類いは入っていない。

 さらに言えば、隣国で積み込まれた物資は目の前の芋の山よりも少ない量である。

 伯爵は震える指で目録を握り締め、柳眉を跳ね上げて少女を見た。


「良かろう。これを受け取る。御苦労だった」


 歯軋りが聞こえそうなほど不満全開な伯爵に溜飲を下ろし、梅は心配げなサミュエルに笑って見せる。

 だが、話はそれで終わらなかった。


「おい、貴様っ! お前、生き残りという事は、保護者も後見人もおるまい。ならば、私が引き取ってやろう。光栄に思え」


 いきなりの言葉に、梅は脊髄反射のごとき速さで答える。


「はあっ? ふざけんなし。アタシは自活するんで構わないでちょ」


 いかにも呆れたような少女の声に、部屋の中の人々が眼を丸くした。

 伯爵にいたっては、何を言われたのか分からないようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


 なん?


 訝る梅と茫然自失な人々を余所に、空気を読まない桜が、ふゃぁぁぁと、か細く泣き出した。

 

「お、オムツかな? ミルクかな?」


 おんぶ紐を解いて桜を下ろし、梅はオムツを替えて、ミルクを作る。

 手慣れたソレに唖然とする周りを無視して、肩にかけていたマザーズバッグから粉ミルクや水筒を取り出すと、インベントリから哺乳瓶も出した。

 出てきた哺乳瓶は、ミルクの跡もなく洗浄済みになっている。

 

 ホントに綺麗になってるわ。便利だなぁ。


 使用済みなままインベントリにしまった哺乳瓶。説明文に偽りはなかったらしい。

 手際よく作ったミルクを桜に含ませながら、梅は食い入るように見つめてくる幾つもの眼差しに気づいた。


「それは......?」


「粉ミルクと哺乳瓶?」


「粉ミルク? 乳が粉に? どのようにして?」


 興味津々な人々。例の伯爵すらも、その答えを待つかのように静かである。


「分かんない。アタシは商品を買っただけだから」


「なるほど。その瓶はガラスですか? 高価な物ですよね?」


 あ~...... ここは中世初期ぐらいの文明だっけ? 食器は銅や木工が主体な時代だったかな? 覚えてなーい。


 確か日本でも江戸時代あたりまでギヤマンは高価な代物だったはずだ。


「赤ちゃんのために作られた物だから。まあ...... 高価だけど、他に使い道ないし、価値はあまりないかも?」


「.............」


 しどろもどろな少女の言葉に、嫌な沈黙が落ちる。

 だが、そこにサミュエルの笑いが花弁のようにまろびた。


 美形の笑顔は眼福だね。


「可愛いですね。サクラちゃんですか。元気そうで良かったです」


 ホッと顔を緩め、梅も小さく頷く。


「桜と二人で暮らせる家と畑が欲しいなぁ。何処か、融通してくれる所はある?」


 サミュエルは眼を丸くした。

 自活するとか言っていたが、どうやら本気のようである。


「まだ庇護者が必要な年齢でしょう? 教会に相談しますから、養護施設で暮らしたらいかがですか?」

 

 何の気なしな提案。

 それを聞いた伯爵が、慌てて口を挟んできた。


「だから、私が引き取ると言っているだろうっ?」


「それは嫌だと言っていましたよ?」


 先程までの険悪さもなく、言い合う二人を、梅は不思議そうに見上げる。


 伯爵家ねぇ。こんな僻地にやられるような家だ。この先、何の騒動に巻き込まれるか分からないし、いつ没落するかも知れない。

 危ない橋は渡りたくないもんね。やっぱ自活が最善だね。


 あーでもない、こーでもないと宣う二人を尻目に、自活を心に決めた梅だった。

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