第4話 ちょっと困惑すぎる


「本気で自活するつもりですか?」


 サミュエルに案内されて訪れた役所で住民の手続きをし、梅は民の相談所という公的機関に住居の申請をした。

 どうやらメンフィスは最前線であると同時に開拓地でもあるらしく、新たな住民には土地の配布を行っているのだと言う。


「そう言ってきかないんですよ」


 御手上げとばかりに肩を竦めるサミュエル。後見人のない梅の付き添いとして同行してくれた彼には感謝しかない。


「ん~...... 比較的街に近い所が良いですよね。広さは一町で宜しいですか?」


 少女は耳に入る言葉が信じられない。


 殆ど日本語である。まさか広さの単位までとは。

 一町とは約一ヘクタール。百ちょいメートル四方だ。


「広すぎませんか? まだ洗礼くらいの子供ですよ?」


「は? 書類では十歳となっていますが? 洗礼を過ぎれば労働力と認められますから、適当かと」


「え?」


 サミュエルが、きょんっと呆ける。


「十歳?」


「十歳」


 したり顔で頷く梅。


 住民登録には、女神の証という石に触れる。これは魔術道具らしく、触れた本人の簡易ステータスを表示するモノだ。つまり嘘はつけない。

 あくまでも簡易なので、性別や年齢、犯罪歴、魔法適正など大まかな事しか表示されないが、身分証明であるなら十分だろう。


「まだ七つか八つだと思ってた」


 あ~、ね~。東洋人は若く見えるって言うしなぁ。見たとこ、ここは白人主体で、やたら身体がデカイしね。


 乾いた笑みを浮かべ、梅はサミュエルと連れ立ち、指定されてエリアへ向かう。

 桜は、あいかわらず梅の背中に背負われていた。

 サミュエルが代わると言ったが、梅から離すと、桜は火がついたように泣き出すため、断念される。

 だが、サミュエルはめげない。


「こうすれば問題ないよね」


 彼は、にっこり笑って梅を抱き上げた。梅ごと桜を運べて、御満悦のようである。

 

 物好きだなぁ。いや、子供好きなんだろうか。


 自分が力ない子供の自覚がある梅は、素直に抱かれたまま、サミュエルに運ばれていく。




「ここかぁ。悪くない」


 着いた場所は街の側。見渡しのよい草原に、チラホラと木立があり、中々の景観だった。

 渡る風をはらみ、泡立つ草原。

 周辺を草刈りして焼いてしまえば、あっという間に畑は作れるだろう。


 天地返しで耕すのに一苦労はしそうだけどね。


 そう考えつつ、梅はサミュエルをチラ見する。

 彼は梅を手伝いたいとついてきてしまったのだ。


 どうするか。


 しゅっとインベントリを出して、梅はある一ヶ所を見つめる。

 そこには一つのログハウス。梅が結婚前に購入した趣味の家だった。

 独身のころの彼女は、結婚願望が希薄で、いずれ老後にはここでスローライフを送ろうと、貯金をはたいて購入した別荘地。

 結婚してからも、子供らや旦那と避暑に使ったり、畑を作ったりと長々使い込んできた宝物である。

 確かに彼女が購入した物なのだが、まさか、これがインベントリに用意されているとは思わなかった。


 これがあれば住むところには困らないけど....... こんなんがいきなり現れたら、驚くよね。


 追及されて、異世界人だとバレたら不味い。何かに巻き込まれかねないし。

 ん? そういや女神様が神託がどうとか言ってたけど...... ま、いっか。


 うーんと神妙な顔で天を仰ぐ梅を、静かに見つめるサミュエル。


「何からやりますか? 家を建てるなら、材木屋や大工に案内しますよ」


 サミュエルは、最初に両替所へ彼女を案内していた。

 先立つ物がないので、換金したいという梅は、その手に見事な指輪を持っていた。

 素晴らしい輝きの金の台座に、紅玉の填まった逸品。作りも繊細で、一見して高価に見える代物は、彼女の母親の形見だという。

 それは売ってはいけないとサミュエルは止めたが、これを大事にして飢えるより、これを売って自分等が幸せになる方が母親は喜ぶと、逆に言い負かされ、結局指輪は換金された。

 サミュエルが同行していたためボラれる事もなく、件の指輪は金貨六十枚という高値になった。


 その内、十枚も使えば立派な家が建つだろう。


 母御も喜んでおられるでしょう。


 こんな幼い姉妹が暮らすのだ。しっかりした家が良い。


 彼の脳裏に浮かぶのは、慎ましやかだが質素ではない小さな家。

 可愛らしい二人の笑い声が溢れる家。


 そんな事を考えているサミュエルの横で、意を決したかのように梅は彼を見上げた。


「驚くと思うけど...... 詮索しないでもらえると助かるな」


「はい?」


 笑顔のまま眼をしぱたたかせるサミュエル。

 その彼の横で、いきなり爆風が起き、どんっと言う重たげな音が鼓膜を劈く。


「え?」


 彼は己の視界に映るものが理解出来ない。

 いや、理解は出来るのだが、思考が追い付かない。


「なっ、な......っ??」


 そこにあるのは丸太で作られた大きな家。重厚なマホガニーの扉に、ガラスのはまった美しい窓。

 高床の下には、何やら小屋が作られている。

 二十メートル四方ほどで二階建ての家は、腕の良い職人芸に見えた。


「なんなんですか、これはーっ!」


「しまってあったモノを出しただけ」


 アイテムボックスか? でも、こんな大きなモノを収納出来るアイテムボックスなんて聞いた事もない。

 

 それに......


 サミュエルは、しれっと扉を開けて入っていく梅を、信じられない面持ちで見つめる。


 今朝の指輪といい、この家といい、平民が持つべきモノではない。

 指輪が母親の形見と聞いて、なけなしの財産かと思っていたが、この家を見ては、それも楽観すぎだと考え直した。

 彼女は、とてつもないモノを持っているのだろう。

 これはきっと、ただの触りだ。


 ゴクリと固唾を呑み、サミュエルも扉をくぐる。


 恐る恐る室内に入った彼は、己の予想が正しい事に眩暈を覚えた。


 中の調度品も見たことない物ばかりで、いたる所にガラスや細工物が飾られていた。

 ふんだんに使われたシルクやレース。薄く繊細に編まれたレースは、とても高価なはずである。

 鮮やかに染められた布も、平民が使えるような代物ではない。

 カーテンまで総レースなんて、どれだけ金子がかかる事だろう。

 それだけではない。無造作に置かれた姿見のように大きな鏡。

 一筋の歪みのないそれも、通常ではありえない職人技の逸品だ。

 売られた指輪より遥かに高価だろう。

 明らかに一財産になる物が、唸るほど置かれている部屋の中。


「君は....... 何者だ? 平民ではないだろう? 身分ある御令嬢なのではないか?」


 突然現れた家にも驚いたが、それよりも、家の中身にサミュエルは度肝を抜かれた。

 唖然と部屋を見渡す彼に苦笑し、梅は言葉を紡ぐ。


「サミュエルは信用出来ると思うから話したい。他には絶対口外しないでね?」


 子供らしくない口調の梅に神妙な顔で頷き、サミュエルは話を聞いた。


 そして聞かなければ良かったと心の底から後悔する。


「つまり、女神様に招かれてやって来た異世界の方だと?」


「うん。アタシは招かれたんじゃなく、謀られたんだけどね」


 なんたる言いぐさか。女神様に対して不敬にも程があるが、経緯を聞けば彼女の言い分も理解出来た。

 サミュエルは梅が謀られたという原因の桜に視線を落とす。


 確かに、この赤子を見捨てるという選択肢は彼にも浮かばない。


「先に三人来てる筈なんだけど、聞いてない?」


「聞いてませんね。この大陸は、樹海を囲んでぐるりと十三ヶ国ありますから、そこの何処かに現れてるのかもしれませんが」


「そか。神託してあるとか言ってたから、そこに行ったのかもね。アタシは、ある意味イレギュラーな転生なんで、別口になったのかも」


 平然と宣う少女に、サミュエルは頭痛を禁じえ無い。

 これは本来、伯爵へ報告すべき案件だ。しかし、サミュエルは口外しないと約束してから話を聞いてしまった。


 聞くんじゃなかった。


 彼は兵士に身をやつしてはいるが、本業は騎士である。

 騎士とは神に命を捧げる者。その神が関与する梅にも、その忠義は適用される。

 ある意味、女神様の御遣いとも言える立場なのだから。


 梅との約束は神との約定に等しい。


 懊悩煩悶するサミュエルを余所に、少女は桜をあやしながら、床に座り込んだ。


「正直、誰が信用出来るかも分からないし、サミュエルが味方になってくれたら有難いんだよね。ほら、あの伯爵。アタシを引き取るとかって言っていたけど、何を考えて言っているのか。ひょっとしてアイテムボックスの中身を狙ってるのかなとかさ」


 梅の呟きを聞いて、サミュエルがハッと顔を上げた。


「それは無いです。彼は嫌味で不遜で、一見傲慢にも見えますが、中身は面倒見の良い貴族です。貴女を引き取りたいと言ったのは完全な善意かと。たぶん、頂いた芋の山への御礼のつもりだったのでしょう」


 伯爵を擁護するサミュエルに、少女は眼を見開いた。

 そういえば彼等が険悪だったのは最初だけ。あとは砕けた物言いで話していたっけ。

 ふむと、梅は口元に指を運ぶ。


 思えば伯爵は身分的にもメンフィスの責任者だろう。

 あの悲惨な街の情景に、誰より心を痛めているはずだ。

 その葛藤が、護衛に失敗した部下への苛立ちに繋がったのかもしれない。


 にしても、言いようがあるとは思うけどね。まあ、貴族だし仕方無いか。


「街の様子を見ても食糧が足りないんだよね? 一時ならアタシが出せるけど、ずっととはいかないし、根本的に食糧はどうしてるの?」


「農作をやってはいますが、働ける人が少なくて回っていません。基本的には王都からの支援と、魔物素材を売ったりした金子で商人から購入しています」


「そか。待ってて」


 梅はインベントリからクーハンとおくるみを取り出してソファーに置くと、そこに桜を寝かせる。

 そして外に出て、何かを運んできた。

 ガタゴトと牽かれてきたモノを眼にして、サミュエルは首を傾げる。

 小さいのに、やけに重そうだった。


「これさ、畑を耕す機械なんだけど、アタシじゃ重くて使えないんだ。サミュエルなら使えると思うから、畑を広げよう? 少しでも自給自足が出来るように」


 麦や蕎麦などは、耕して種をまけば痩せた土地でも勝手に育つ。非常に頑健な植物だ。

 焼き畑をすれば問題なく栽培出来るだろう。

 梅が持ってきたのは小型の耕運機。素人でも使えるお手軽サイズだ。燃料は軽油。それはインベントリにストックが三十年分入っている。しばらくの間なら活躍してくれるに違いない。


 壊れてもインベントリにしまえば、また新品同様になるしね。


 返すがえすも、便利な力を授けてくれたモノである。

 ほんの少しだけ、女神様に感謝しても良いかなと思う梅だった。


 こうして密かにサミュエルと二人で、畑を作る梅である。


 これに気がつき、街が驚愕に包まれるのはしばし後の話。

 眼を皿にして詰め寄る伯爵に拉致られ、梅が養女にされる未来など、今の彼等には知るよしもなかった。


 

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