第2話 ちょっとチートすぎるかも?


「う....ぁ、なにこれ」


「骨? だよな?」


「どんだけだよ。これ地面が見えないぞ?」

 

 三人の足元に犇めくのは夥しい数の骨。

 完全に白骨化し、少し身動ぐだけで、足の下がパキパキと嫌な音をたてる。そんなおぞましい白骨の絨毯が見渡す限りに広がっていた。

 

 ここが異世界か。


 呆然と空を見上げて佇むのは、二人の少年と一人の少女。

 奈落に落とされた三人は、気づくと深く鬱蒼とした森の前にいた。

 女神様に言われた通り、十歳くらいの身体で、ピッタリサイズの服。足もしっかりした革のハーフブーツで、背中には小さめな背嚢を背負っていた。

 それに括られている布を広げてみると、鳩目のついたタープのようである。


「これは良いな。日射し避けにも簡易テントにもなるし」


「こっちも乾パンや水だ。缶ドロップとか懐かしいな。ジブリの映画で一時流行ったっけ」


「他にも縄や下着とかあります。分かってますね、女神様」


 各々背嚢の中身を確認し、数日は暮らせるだけのソレを背負うと、固まって歩きだした。

 三人の腰に巻かれた革ベルトに下がる短剣。

 取り敢えずサバイバルをするには十分な拵えである。


「これが女神様の言った樹海でしょうか?」


 首が痛くなるほど見上げても、頂上が全く見えない深い森。

 左右を見渡せども終わりはなく、どれだけ大きい規模なのか分からない。

 そして、その樹海の反対側には、遠目に街が見えた。

 長い防壁らしきモノと、その向こうに見える建物の影。


「迎えがあると聞いたが。こちらから向かってみようか」


 角刈り青年は角刈り少年になっている。


「そうだな。他に当てもないし」


 黒髪残バラ少年も、そのまま残バラな髪の毛で、茶髪な女の子のみ、黒髪セミロングに変わっていた。

 地毛が黒髪なのだろう。茶髪は染めていたかブリーチか。


「後れ馳せながら自己紹介だ。俺は松前悟」


 残バラ少年に頷き、角刈り少年も口を開く。


「俺は竹中恒」


 二人を交互に見つめ、セミロングの少女も慌てて顔を上げた。


「私は吉田百香ですっ、よろしくお願いしますっ」


 ペコっと下げられた頭に苦笑し、少年二人は街の方を見る。


「今は同い年っぽいが、俺らは元々三十路近い。こいつとは腐れ縁の同級生なんだ。せっかくの縁だし、仲良くやろう」


「だぁなぁ。全く。異世界転生とか。ベタにも程があるわ」


「死んじゃったんですよね、私達。.......異世界とはいえ、人生を続けられるなんて幸運でした。女神様に感謝します」


 素直に祈る少女を見つめて、少年二人は大仰に肩を竦めた。


 慈悲ではないからなぁ。自分の世界をより良くするために連れてこられた訳だし、感謝に価はしないだろう。

 良く言えばウィンウィン。異世界転生するかしないかは選ばせて貰えた訳だし、昨今のラノベみたいな不条理や理不尽がないのが救いと言えば救いだった。


「あのオバちゃんと赤ちゃんは無事に地球に戻れたかな」


「戻れただろう? 女神様も何も言っていなかったし」


「勿体無いですよね。異世界転生なんて、滅多に出来る事じゃないのに」


 その状況にどんな価値を見出だすかは人それぞれだ。

 あの主婦にとって、異世界転生は魅力的ではなかった。それだけの事だろう。


「おい、あれ。人じゃないか?」


 悟が街の方を指差す。


 そこには十数人の兵士みたいな人々がいた。戦用のフルプレートを着込み、あちらも三人を指差して、にわかに騒ぎ始めた。


 こうして最前線の街で、三人はオルドルーラ王国に迎えられたのである。




 一方その頃、女神様の謀で否応なく異世界転生させられたオバちゃんは、三人と反対側の樹海端に立ち尽くしていた。


 彼等と違って背嚢はない。オバちゃんにはインベントリがあるため、不要と判断されたらしい。

 呆然としたまま赤子を抱え、オバちゃんは天を仰ぐ。


「あのアマ..... 次に逢ったら殴り飛ばしてやりたい」


 はあぁぁぁっ長い溜め息をつき、少女と化したオバちゃんはインベントリを開いた。

 すると頭の中に、この能力の使い方が流れ込んでくる。


 インベントリは収納限界がなく無限。過去に購入した、あるいは手に入れたモノ全てが新品の状態で収納されており、中身には時間の経過がない事。

 そして特筆すべき事は、使用済みなモノをインベントリに収納すると、再び新品同様にされる事。


「ふむ。つまり、洗濯や洗い物の必要はないのね。助かるな、これは」


 ズラリと並んだ物品のページをスクロールして、彼女はオムツやオムツカバー、おんぶヒモなど赤ん坊に必要なモノを取り出す。

 半透明に浮かぶディスプレイをタッチするだけで、中の品物は目の前に出てきた。

 彼女は娘二人を育て上げたいっぱしの主婦である。当然、生まれる前から成人させるまでに購入された数々の子供用品がインベントリの中にはあった。


「あとは粉ミルクと哺乳瓶...... 授乳用に使ってた水筒..... お湯が入ったままだ、助かるぅ」


 携帯用のスティック粉ミルク。すでに一回分の量が入っているそれを哺乳瓶に移してお湯を注ぎ、よく溶かしてから湯冷ましを足して量と温度を整える。

 どちらの水筒にも、ちゃんと中身が入っていた。

 

 少しチートが過ぎる気もするが、意に添わぬ異世界転生だ。このくらいの恩恵は許されるだろう。

 便利グッズを並べ、赤ん坊のオムツをかえると、オバちゃんはミルクの支度をする。


 女の子かぁ。また娘だね。地球に残してきた娘らのお下がりが使えるのは有難いね。


 でも.........

 

「有難いっちゃ有難いが、ムカつくわぁ、あの駄女神」


 手首の裏で出来上がったミルクの温度を確認し、彼女は赤子に哺乳瓶を含ませる。

 発見した時には瀕死だった赤ん坊も、転生したせいか元気そのもので、加えた哺乳瓶をちゅっちゅと勢いよく飲んでいた。


「せっかく子育ても終わってセカンドライフを満喫する予定だったのに..

..... 成り行きとはいえ、罰ゲームてしょ、これ」


 はあぁぁぁ~っと再び溜め息をつき、彼女は赤子を縦抱きにするとリズミカルに背中を叩く。

 肩越しに小さなゲップが聞こえ、彼女は取り出したおんぶヒモで背中に赤子を背負い、ヨタヨタと立ち上がった。


「こんなとこに居ても仕方無いしね。まあ、旅は道連れだ。仲良くやろうね」


 ちょいと長くなるが、この子を一人前に育てて一人立ちさせたらお役御免にもなろう。

 地球での彼女は、余生を田舎でスローライフしたいと目論んでいた。

 まさか異世界になるとは思わなかったが、中世初期の文明ならば、どこかでひっそりと隠居する事も可能ではないか?


 初志貫徹っ!!


 少女になってしまったオバちゃんは、赤子を立派に育ててから、念願のスローライフを送ろうと夢見ていた。

 幸い食べるにも生活にも困らないだけの物資がインベントリにある。

 地球の現代医学の薬や技術の片鱗も使えるだろう。

 これだけで、だいぶヌルゲーだった。


 あとは現地の人と深く関わらず、揉め事に巻き込まれないように生きていこう。うん。


 件の三人が現れた場所と同じように、少女の立つ樹海端からは遠くに街が見えた。


「あそこで色々聞こうかね。あんたの名前はどうしようかな」


 肩越しに赤子を指で撫でながら、少女はしばし考える。

 

「桜にしよう。桜、あんたには地球に御姉ちゃんが二人いるんだよ? 椛と楓っていうの。だから、あんたは桜ね」


 ここに来た時、丁度季節は春だった。満開の桜が風に舞散る日本の風景。

 他の娘達にも季節にちなんだ樹木から名前をつけている。成り行きの養い子とはいえ、この赤子も自分の娘だ。名前だけでも姉妹の繋がりを持たせたい。


「アタシは...... 折角だし、改名しよう。梅で。うん、梅♪」


 そう呟くと、少女はマザーズバッグを取り出して、出していた物を一纏めにする。


「さあてと、鬼が出るか蛇が出るか。行ってみないと始まらないしね」


 遠くに見える街を目指して、赤子を背負った少女は歩き出した。


 彼女の向かう街は、ハルフェス王国。件の三人が迎えられたオルドルーラ王国同様、魔物や魔族の侵攻を食い止める最前線の街である。


 こうして件の三人とは正反対に、不条理と理不尽に満ちた、オバちゃんの冒険が始まったのだった。

  

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