第52話 疾風の舞姫

 同族がいきなり散ったのを見て冷静さを取り戻したか、残るゴリラの片割れが非常ベルを裏拳で破壊した。双眸に怒りを浮かべ、激しいドラミングでこちらを威嚇する。


「せんぱいは下がってて。危ないからね」


「う、うん!」


 対するは、まるで鼻歌でも歌うかのような調子の日向ちゃん。今回は一言で言えば砂漠の国の踊り子さんみたいな格好だった。体の各所にあしらわれたアクセサリーがキラキラと光を散らし、纏った風にシースルーの飾り布がヒラヒラとはためく。身体だけでなく履いている舞踏靴にもつむじ風が纏いついており、よく見ると日向ちゃんは床から数センチ浮いていた。


 両手には、円盤状の不思議な武器――チャクラムというらしい――を携えている。どことなくタンバリンのようなシルエットだが、シンバルの代わりに付けられているのは鋭利なエメラルド色の刃だった。


「イッツ・ショータイム!!」


 いきり立ったゴリラが日向ちゃん目掛けて豪腕を振り下ろす。が、日向ちゃんは軽やかな跳躍でそれをかわすと、ゴリラの腕を滑るように駆け上がった。


(は、速いっ……!?)


 私が日向ちゃんの動きをまともに目で追えたのはそこまで。次に見えたのは、一瞬の内に全身に切り傷を作られたゴリラが仰向けに倒れるところだった。日向ちゃんはそこへ空中前転から暴風を纏った強烈なかかと落としを見舞い、ゴリラにトドメを刺して再び姿を消した。そして、瞬きする間に今度は2体目のゴリラが脚を斬られて膝を付いていた。


 動体視力には自信がある私だが、日向ちゃんの身に付けているヒラヒラした飾り布の残像程度しか追うことが出来ない。まさしく疾風のように、日向ちゃんは圧倒的な速度でゴリラを翻弄する。


 地を這うような動作からほとんど逆立ちの状態でゴリラの顎を蹴り上げ、日向ちゃんはそのまま飛び上がって姿勢を戻しつつゴリラの胸部へ深々とX字の裂傷を刻んだ。それが致命傷となり、ゴリラは光の粒子と化して飛び散った。


「ふいー……無事片付いたね……」


 ゴリラが消えた位置で一息ついていた日向ちゃんだったが、私が瞬きした次の瞬間にはワゴンの中の赤ちゃんたちを覗き込んでいた。ちなみに赤ちゃんたちは既に泣き止んでいる。


「よちよち……怖かったねー。もう大丈夫だよー?」


 月光を反射する日向ちゃんのイヤリングが気になるのか、赤ちゃんたちはその光を目で追っているようだった。


「ほんっとうにありがとう日向ちゃん……冗談抜きで終わったかと思ったもん……」


「私も肝を冷やしたよー……だって迷い人にとっては初見殺し性能高すぎるあのゴリラに囲まれてるんだもん。ホントせんぱいに攻略ノート渡してて良かったって思った……」


 あれがなかったら私も赤ちゃんたちも今頃ここにはいなかったことだろう。暁兄妹には感謝の念が尽きないし、しっかり読み込んでいた昨夜の私も褒めてやりたいところだ。


「ところで日向ちゃん……その格好は……」


 少し余裕を取り戻したところで、私は改めて日向ちゃんに目を向ける。全体的に緑色を基調とし、上半身は胸元のみを覆うような細いチューブトップにベスト。下半身は足首にかけて徐々に裾が膨らんでいく不思議な形のパンツにパレオを巻き付け、腕は飾り布が付いた肘の辺りまでの長さのアームガードに覆われていた。顔は口元をフェイスベールで覆い、髪も薄いベールに隠されている。


 肌の露出はお腹周りと肩から二の腕にかけてのみのはずだが、パンツの太もも辺りから下とアームガードの全体がフェイスベールや飾り布同様透け透けのシースルー生地のため、なんというか……かなりセクシーな感じになっている。特に日向ちゃんのチャームポイントたるほっそい腰のくびれが強調されて見えるのが実に目の毒だ。


「見ての通り、今回は風属性でっす!!」


 その場で一回転して飾り布を翻しながら、日向ちゃんはテンション高く言った。兄妹に聞いた話では、風属性担当の協力者は『舞姫ダンサー』という天真爛漫な少女らしいので、その子に格好と性格が引っ張られているのだろうと思った。


「よく似合ってると思うよ」


「ありがとーございます!」


 喜びの舞っ!と、日向ちゃんはその場でクルクルとステップを踏んだ。


「ああでも……今は残念ながら悠長に踊ってる暇がないんだよね。早いとこと合流しなきゃ」


「うん、赤ちゃんたちを還してあげなきゃね……」


 おにぃ……?という疑問は呑み込んで、日向ちゃんに同意する。赤ちゃんたちを現実に戻すためには、暁くんの持っている【刻鳴針シンフォニア】の力が必要だ。


 一刻も早く、暁くんを見つけなければ……。

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