第50話 窮地は突然に

 私たちがここにいるということを暁兄妹に伝えるためには、とにかくショッピングモールの外と繋がりを作らなければならない。


(と、いうわけで……)


 私は窓の外に邪ノ眼イビルアイや成虫の鎧蟲シェルセクトのような飛行出来る夢霊ゴーストの姿がないことを確認しつつ、消火設備の付近にあった箱から消火器を取り出して窓のそばに置いた。その後で再びゴリラを刺激して破壊活動を促し、すぐさまダッシュで戻って来て消火器を持ち上げる。


 ズシリと重いそれを振りかぶって……


(窓を……割るっ!!)


 底面を思いっきり窓ガラスへと叩き付けた。ゴツッ!という鈍い音がして痺れが私の腕を駆け上がる。やはり強化ガラスなのか、一度消火器を打ち付けただけでは割ることは出来なかった。


(……でも、あと2、3回かな)


 ガラスに入ったヒビの程度からそう計算した私は慌てずに息を整える。1回窓を叩いた時点でゴリラの破壊活動は終わってしまったため、あと2回は最低でも階下に物を投げ込む必要があるだろう。


 その時、私の耳に何かが聞こえた気がして、心臓が跳ね上がりかけた。急ぎワゴンの中を確認するが、赤ちゃんたちは変わらない寝顔を見せている。


(気のせい……だよね……?)


 胸を撫で下ろしながら、荒れた呼吸を再び戻した。この数分で、私も酷く神経質になっているのかもしれない。幻聴が聞こえるまでになるといよいよヤバいなという予感もあるけど……。


(でもここで止まるわけにはいかない……!)


 再びゴリラにをして、消火器を窓のヒビに打ち付ける。窓の亀裂は、次で確実に割れると確信を持てる程度にまで広がった。


 そして――


(これで最後っ!!)


 3打目で、遂にガラスは砕け散った。流石は強化ガラスと言うべきか、盛大に飛び散るようなことはなく、私や赤ちゃんたちが破片を浴びることはなかった。落ちて行った破片はたまたま下で佇んでいた朽チ熊フラジールベアの頭上に降りかかったようだが、骸骨熊は特に気にも留めなかった。


(なんだか……風が強いな……)


 割れた窓から風が吹き込んで来て、私は腕で少し顔を覆う。これからやろうとしていることを考えるとあまり歓迎したくはない状況だ。何しろ、次は消火器を外に向けてぶっ放そうというのだから。使ったことがある人なら分かると思うが消火器はピンを抜いてトリガーを握ると凄い勢いで白い煙のような消火用の薬剤が噴出する。つまりは狼煙の代わりになる……はずだ。


 窓の外に注目しながら、私は消火器のピンを抜いてノズルをはずす。キャンプファイアーが大変なことになりかけたりストーブが大変なことになりかけたり……とまあ、諸々の事情あって消火器を使うのももう慣れっこだった。


 再度ゴリラに、ノズルの先端を窓の外に出す。風向きをよく見て、向かって右寄りに噴射口を向けて思いっきりトリガーを握った。バシュウウウゥゥ!!っと噴き出した真っ白な薬剤が強風に煽られて遠くまで飛んで行く。


(やっぱり風に流されちゃうな……!私の位置を知らせるためにはここに滞留しててくれた方がいいんだけど……)


 やがて噴出は終わり、ゴリラたちもまた静かになる。ひとまずやれることはやった。後は暁兄妹に見つけて貰えるまで待つか、


(あるいは服でも繋げて旗みたいにしてみる……?)


 なんて考えも浮かんだが、これ以上の『私たちはここにいますアピール』はいたずらに夢霊を呼ぶだけの結果になる予感もする。正直今のガラス割りから消火器噴射だってかなりハイリスクだったし。


(……というか、これ今すぐ窓から離れるべきかも?暁兄妹より先に邪ノ眼イビルアイとか上がって来たら本気で不味いし)


 せめて窓から直接姿が見えない位置に移動しよう、と、私は再びゴリラにやるエサを探そうとして、




 その瞬間、下から突き上げられるような衝撃に襲われた。




「ッ!?」


 声を出さずに済んだのは奇跡だと思う。突然の巨大な縦揺れに体勢を崩され、私は慌ててワゴンに掴まった。


(地震……!?)


 ショッピングモールそのものを土台から揺さぶるような激しい縦揺れに、天井からパラパラと細かい塵が降って来る。赤ちゃんたちを庇うようにワゴンに掴まったまま上体を倒しながら、私は周囲の状況に注意を払った。


 階下からは狂乱したようなゴリラたちの叫びが聞こえて来るが、とりあえず上がって来る様子はなかった。地震は暫くすると縦揺れから横揺れに代わり、だんだん波が引いていくかのように収まって行く……


(いや、これ、地震っていうより……)


 私は少し違和感を覚えたが、すぐにまともな思考をすることが出来なくなった。何しろ視線の先……ワゴンの中で、


 ゴリラの咆哮にも、ガラスが割れる音にも一切反応しなかった赤ちゃんたちだが、自分たちごと揺さぶるような地震の衝撃には耐えきれなかったようだ。


(まずい……)


 そして私に――否、どんな人間であれ、赤ちゃんたちの行動を制御する術などない。母親がいないことに気付いたか、それともこの薄暗闇で本能的に恐怖を煽られたか、彼らは私の目の前で見る間に表情を歪めて行き……


(まずいッ……!!)


「「「ほぎゃあああああああああ!!!!!!」」」


 遂に、盛大な泣き声を上げてしまったのだった……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る