第49話 咆哮に紛れて
マネキンの片手を再び階下へ投じる。ゴリラたちが即座に反応し、およそ1分程度の破壊活動を始める。私はその間に可能な限りワゴンを押してエレベーターに近付いて行った。
散乱物の少ない位置を選び、ワゴンを揺らさないように注意しながら慎重に歩を進める。振動で赤ちゃんたちが起きてしまっては元も子もない。
ゴリラたちの攻撃音が止んだら、忍び足で吹き抜けの淵に向かいまた新たな物を階下へと落とす。何故わざわざ近づくのかと言えば、無理な遠投で万が一投げたものが途中でエスカレーターに当たったりでもしたらアウトだからだ。ゴリラたちを適切な位置で刺激するため、物体は確実に下層階まで落とさなければならない。
そして、やっとのことで辿り着いたエレベーター前だったが。
(どうなってるのこれ……?)
遠くからは暗がりでよく分からなかったけど、エレベーターの扉は内側から何らかの圧力がかかったかのように膨張し、亀裂が入っていた。周辺の壁にも傷が走っている。フロア全体の床や他の部分の壁は綺麗なだけに、ここだけ異様さが際立っているように見えた。
亀裂から中を覗いてみるとエレベーターシャフト内は更に酷いボロボロの状態で、壁には無数のヒビや螺旋状の細かい傷が入り、エレベーターを吊るワイヤーは半ばから引きちぎられていた。箱その物は当然のことながら落下しており、何かに潰されでもしたかのようにバキバキに破壊されている。
(ゴリラの仕業……?でもあいつらの拳や牙でこんな形の傷、付くかな……?)
微かに火花の散っている箇所も見受けられるので電気は通っているのかも知れないが、肝心のエレベーター本体がこんな状態ではどうしようもない。気になる部分もあったが、私は亀裂から顔を離してワゴンの近くに戻った。
(これ……いよいよまずいなぁ……)
エレベーターが使えないということは、赤ちゃんたちの乗るワゴンを階層移動させられないということだ。私もこの子たちを置いてきぼりにするつもりはさらさらないため、事実上この階層に閉じ込められてしまったことになる。
このまま音を立てずに潜伏を続けるという選択肢もなくはない、が。
(その場合私はいつ爆発するかわからない爆弾と一緒にい続けるのと同じ……)
チラリと、ワゴンの中を見やる。赤ちゃんたちは今はすやすや眠っているが、このまま暁くんたちに発見して貰えるまで大人しく眠り続けていてくれるという保証はない。起きたが最後、周りの人々の事情などにお構い無く気ままに泣くし、笑う。赤ちゃんとはそういう生き物だ。
そして、泣き声だろうが笑い声だろうが、ゴリラの耳を刺激するには十分過ぎる……!
(うん、やっぱこれナシ!潜伏して耐える作戦は却下!)
ではどうするか。一刻も早く、暁くんたちに発見して貰えるよう最大限の努力をするしかないだろう。
(とにもかくにも、私はここにいるよ!っていうことを暁兄妹に知らせないといけないな……)
私はマネキンの頭の破片を階下へと投じて、一旦ワゴンごとエレベーターの前から移動した。“耳は良くとも目と頭は良くない”という攻略本の情報通りか、ゴリラたちは何故上から物が降って来るのか?などと言う疑問を抱くこともなく階下で破壊活動を続けてくれている(そもそも、さっきから音を立てている物は上から降って来ているということさえ認識していないのかもしれない)。
吹き抜けからは更に距離を取り、フロアの端に近い大きな窓が並んだ壁際。このまま進めば非常階段やトイレの前に出る。ショッピングフロアからかなり離れていることもあり、設置物は消火設備くらいしかない。
窓は開閉出来ない作りになっていて、少しもヒビの類いは入っていなかった。やはり異常が起きていたのはエレベーター付近だけらしい。
窓が開けられないと分かり、私は周りを見回して――ため息を1つ。
ちょっと、大胆なことをしなければならないかもしれない……。
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