第47話 白き豪腕
ショッピングモールは荒れていた。歩き始めて分かったけど、あちこちでマネキンが倒れているし、ワゴンの並びもかなり乱雑で、退かさないと赤ちゃんを乗せたワゴンでは通り抜け出来ない場所も多かった。ただ、床がボロボロで壁も穴だらけだったり、瓦礫が散乱していたりはしていないので、前回よりも現夢深度は浅いのかもしれない。
まあ……浅かったところで私が最弱の
(そういえばこれ……エレベーターとかは機能してるのかな……)
なんとか服売り場の端にやって来たところで、私の頭にふとそんな考えが浮かんだ。この大きなワゴンを押しながら階段やエスカレーターを使うことはまず不可能だし、階層を移動するにはエレベーターを使うしかない。でも正直、そういった機械類がこの世界で正しく動作するとはとても思えなかった。
(……なにがなんでも下に行かなきゃっていう訳じゃないから、動かない時は仕方ないか)
ものは試し、と、私は赤ちゃんを乗せたワゴンを押してエレベーター前に向かう。
その時、吹き抜け状になっている上階から、何かが突然40メートルくらい離れたフロアの端に降って来た。爆弾でも爆発したのかと錯覚しそうな衝撃音に、私は慌ててワゴンごと最寄りの柱の陰に身を隠した。ちらりとワゴンの中に目をやると、赤ちゃんたちは何事もなかったかのようにすやすや眠っていたのでちょっと安心した。
慎重に、慎重に視線だけを音源に向ける。そこにいたのはかなり大柄な、毛むくじゃらのシルエット。
まず目を引くのは大量の筋肉を集約させたたくましい豪腕。続いて岩をノミで彫り抜いたかのような厳つい顔。どこからどう見ても『白くてデカいゴリラ』としか形容のしようがないその威容は、あの攻略ノートにもしっかり載っていた。
その名もズバリ【
……現実逃避をしている場合じゃなかった。
あのゴリラの評価は遭遇率星2(滅多に現れない)・戦闘力星4(かなり強い)・危険度星5(鉢合わせると逃げるのはまず不可能)という感じだった。つまり私に求められるのはノーミスクリア以外にない。
具体的には、“赤ちゃんを乗せたワゴンを守りながらあのゴリラから完璧に隠れ潜み、かつ暁兄妹と合流する”。
正直、難度そのものは極めて高い。あのゴリラは聴覚に優れ、僅かな音にも反応して襲って来る。この特性と、筋力の高さから産み出される巨体に似合わない俊敏さの相乗効果が危険度星5を叩き出しているらしい。あの個体も、私の独り言やワゴンのタイヤの音を感知して降りて来た可能性が否定できない。
ただ、突破口がないわけではなかった。
(ノートによれば……確かあのゴリラは目が良くない。動いていないものは上手く認識出来ないはず……)
少なくとも、ここでじっとしている限りは見つかる可能性は低いと思われた。だが、それは今ここにいるのが私1人だけであったらの話。もし赤ちゃんたちが目を覚まし、何かの拍子に泣き出しでもしたら……そう考えると、やはりあのゴリラの近くに長居は出来ない。
とはいえワゴンを押して歩くにもリスクはある。この静けさの中ではタイヤが擦れる音ですら大きく響くだろうから、ゴリラから距離を離すには一手間掛ける必要がありそうだった。
(どっちかというと……ゴリラの方にいなくなって欲しいんだけど……)
そんな願望を抱きながらゴリラを観察していると、奴はおもむろに上体を起こしてドラミングをした。バラララッ!!!っという、胸を叩くことで発生したとは思えない機関銃みたいな音が一帯に響き渡る。やめろ赤ちゃんが起きちゃうから……!
しかも絶望的なことに、似たようなバララッ!バラララッ!!っという音が上階と階下から呼応するように聞こえて来た。あのゴリラがショッピングモール内に複数体いることがこれで確定する。
(まっずいなあ……)
……背筋を、冷たいものが流れて行くのを感じた。
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