第46話 白昼夢の中へ

「――はっ!?」


 次の瞬間には、私はどこか陰気な雰囲気の建物の中にいた。周囲はかなり薄暗いが、窓から射し込む月の光のおかげで明かりは必要なさそうだった。見回すと、ボロボロの布を纏ったマネキンや、朽ちかけの衣類が吊り下がったワゴンがフロアを覆い尽くすように並んでいる。私もまたそんなワゴンの1つに背中を預けた状態で、白くツルツルした質感の床に座っていた。


「……ショッピングモール?」


 風景は確かにさっきいたショッピングモール4階の洋服売り場に近いが、でもその実はまるで別物だろう。


 ここは現夢境だ。アスレチックで襲って来た抗い難いあの強烈な眠気と、周囲の荒廃具合から考えてまず間違いない。私は三度、この場所に引き込まれてしまったのだ。それも全く予想外の時間帯に。


(昼間に現夢境が開くとか聞いてないんだけど?……いや、暁くんたちも同じこと思ってるか)


 あの攻略ノートに『現夢境は昼間にも開くことがある』というようなことは一切書かれていなかったし、暁兄妹もそんなことは一言も言っていなかった。あの2人がこんな重大情報を伝え忘れるとは到底考えられないし、彼らにとってもイレギュラーな事態が発生していることは間違いない。


 2人がここに踏み込んで来るまでどのくらいかかるか分からないけど、それまでは自分で身を守らなければ。


 そう考えた私は慎重に立ち上がって、隠れられそうな場所を探す。その時ふと、寄りかかっていたワゴンの中が見えて、


「えっ……?」


 私は思わず、驚愕の声を漏らしてしまう。


 何故ならそこには――すやすやと寝息を立てている、3人の赤ちゃんがいたのだから。


「いや、待って冗談でしょ……?」


 卒倒しそうになるのをなんとか堪えて、速くなりかけた呼吸を鎮める。まだこの赤ちゃんたちに目覚められる訳にはいかない。


 考えてみれば、今回の現夢境は昼下がりに開いているのだ。寝るのが仕事みたいな所がある赤ちゃんが囚われていても何もおかしくはない。


 ……冷静になってよく見ると、私が寄りかかっていたものは商品を移動させるためのものではなく、よく保育園などで幼い子供たちを散歩に連れ出すために使う巨大なショッピングカートみたいなワゴンだった。籠の広さと深さが我が家のバスタブくらいある。


「流石に、放置は出来ないよね……」


 赤ちゃんがワゴンに乗ってくれていたのはありがたい。3人同時に抱えられるような道具も技術も私にはないのだから。


 ……と、そこまで考えた所で気付く。


「そうだ、ベビー用品売り場……」


 ここはショッピングモールだ。道具なら周囲にいくらでもある。現実とは違い無断で使用することに何の躊躇いも要らないし、必要そうなものがあったら調達すればいい。現夢境で諸々の生理的欲求が発生することはないとあのノートには書いてあったのでミルクやオムツが必要になることはなさそうだけど、あやす道具くらいはあった方が良いはずだ。


「ここがあのショッピングモールと同じなら確か……ベビー用品売り場は3階だったよね。まずはそこまで――!?」


 そこで私は、ハッと口を両手で押さえた。


(独り言は禁物……!)


 攻略ノートにはこうある。“もっとも厄介な夢霊ゴーストは、感知能力の高いタイプ”だと。


 例えば、文字通り空飛ぶ目玉のような姿の夢霊ゴースト、【邪ノ眼イビルアイ】。生きた監視カメラ兼砲台のような役割の夢霊であり、姿を見られたら最後、仲間を呼び集めて襲って来るらしい。幸い屋内よりは屋外を飛び回っていることの方が多いらしいけど……。


 そして視力に優れた夢霊がいるなら当然、聴覚に優れたモノもいるという訳で……こんな、他に物音のしないような場所での独り言は御法度なのだ。


 特に今の私は、守らなければならない者を抱えている身だ。油断は大敵。


(……必ず、お姉ちゃんがお母さんの所に帰してあげるからね)


 無垢な寝顔にそう誓い、私は最大限周囲を警戒しながら、ワゴンを押して静かに3階を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る