第42話 ショッピングモールへ

「まああまり気にすることはないと思うぞ?聞く限り階に対する反応は皆好意的なものばかりだったからな。……一部『クマを素手で仕留めた』とか怪しげなものも混ざっていたが」


 運ばれて来たドリアをスプーンでかき混ぜながら、暁くんが不穏な情報を追加した。尾ひれがつくどころか私の武勇伝が独り歩きを始めている……!?


「ありゃありゃ……うーん、これはもう収拾不可ってやつだね。こよいっち、諦めようか」


「英雄譚とは得てして誇張されるもの。現実味がない方が面白いんだよ、来宵」


「歴史上の英雄ならそれでもいいけど私は実際にここにいるんですけど……?さあやっつけてくれ!ってクマの前に突き出されても困っちゃうんですけど……?」


「流石に鵜呑みにするような奴はいないと思いたいが……」


 そうなった場合私は間違いなく一撃でやられてしまうだろう。現実のクマは現夢境の朽チ熊フラジールベアより俊敏でパワーもありそうだし。まああっちはあっちで別ベクトルで“触れられたらアウト”という奴だけども。


 ともあれ、私の噂話独り歩き問題に関してはちょっと対策を考える必要がありそうだった。手遅れなのは重々承知だけど何もしないよりはマシだろうから……。


「あ、そうだ暁兄妹。このあとの予定は?」


「このあと?引き続き公園のアスレチックをループする予定だが……」


 暁くんの言うアスレチックとは窓から見えているあの木組みの構造物のことだろう。平屋の住宅1棟くらいのサイズ感があり、ここからではどのくらい複雑なのかはよくわからない。


「登り始めから踏破するまでのタイムアタックですね。午前中は飲み物の補充とか以外はずっとそれをやってました」


「え……あれのタイムアタック……?君たちは年末のHANZOハンゾーにでも出る気なんか……?」


 話を聞いた綺沙良がちょっと信じられないようなものを見る目で2人を見ていた。多分事前にリサーチしていたからこその反応なんだろうけど、あのアスレチックはそんなに難度の高い代物なのだろうか。


 ちなみにHANZOハンゾーというのは、己の肉体を鍛え抜いた挑戦者たちが巨大なアスレチックを制限時間以内に踏破することを目指す人気の特番である。


「ま、まあそれはいいや。私たちはこれから水着見に行こうかなって思っててさ。良かったら2人も一緒にどうかなって。もし来てくれるなら2人も満足するようなコーデをお約束しますぜ?」


「水着。ですか……」


「ああ……そういえば水練用の物がちょっと古くなっていたか。どうする日向、いい機会だからお願いするか?」


「賛成。先輩方。お願い出来ますか?今日は持ち合わせがお昼代しかないので、見るだけになりそうですが……」


「おっけおっけ。見るだけでも大丈夫だよ。綺沙良先輩にまかせなさい!!」


 そうして、思いがけずショッピングの仲間が増えたのだった。



◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 さて、水着コーナーである。


 カラフルでヒラヒラとした布地がそこら中にひしめき合う、季節を先取りしたようなその場所に私たちはやって来ていた。位置的には窓際に近いので、眼下には例のアスレチックがある公園が見える。


 メンバーに女子の比率が高い関係で取り敢えず女子用の売り場に先に来ているけど……暁くんは居心地悪くないだろうか。


「(兄さんなら心配御無用です。私の他に姉もいるのでこういう場所は昔から慣れっこですから)」


 私の心配を見透かしたのか、日向ちゃんがそう耳打ちしてくれる。実際暁くんは自然体で立ちながら、競泳用っぽい水着の方を吟味するように眺めていた。


「水練用は探しておくから、日向は相馬と一緒に水遊び用を見てていいぞ」


「わかった」


「ふっふっふー……そなたの妹の艶姿を期待して待つがよいぞ。さあいこー!!」


 綺沙良が日向ちゃんの手を引いてヒラヒラの布の海に消えて行く。


「……暁妹は着せ替え人形になる運命が確定した。モウニゲラレナイ」


「うん……ほどほどにするように綺沙良に言っておかないとね……」


 せめて少しでも早く日向ちゃんを解放してあげないと、というちょっとした使命感のようなものを胸に、私は何故か若干の14歳モードとなった鳴衣と並んで綺沙良の後を追うのだった。

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