第38話 ファッションチェック

「さてさて。こよいっちの回復を待つ間に今日の予定を確認しとこうか」


 ぐりぐりとほっぺたに押し付けられていたスポーツドリンクを一息に呷っていると、綺沙良がスマホ片手にそう言った。こちらに向けられた画面を見ると、地図アプリに赤マーカーでチェックがいくつも入っている。とはいえ、私も綺沙良も鳴衣も春音駅前は勝手知ったる場所なので迷わないようにマーカーを付けているわけではない。


 このマーカーは綺沙良リサーチ済みの場所の証だ。こうなった場所は品揃えや値段、店内の雰囲気や店員さんの個性、果ては裏メニューに至るまで、全てが極めて詳細に調べあげられている。あまりの情報の精密さに、中学時代の綺沙良は修学旅行のしおりの編纂助手さえ任されていた程だ。キラペディアの名は伊達ではない。


「最初はこの本屋さんでめいめいの買い物。次にこっちのスポーツ用品店でこよいっちの買い物。んで、お昼食べてからここの服屋さんね!なるべく安くて品揃えのいいとこ選んどいたから期待してて!!」


 ちなみに最後の服屋は綺沙良のリクエストだ。情報屋として暗躍しているとは思えない程、普段の彼女はオシャレに関して余念がない。今日も白いオフショルダーとデニムのショートパンツに、上から水色のパーカーを羽織るというコーデでやって来ていた。頭には逆三角のサングラスが光り、へその辺りがチラリズムを演出している。完全にはさらけ出さないのがポイントとは本人の弁。


 ちなみに、オフショルダーは胸の部分に『ENJOY!』とプリントされているのだが、綺沙良が胸部に備えているによる内側からの圧力で可哀想なくらいミチミチに張りつめていた。さっき前屈みになって私の頬にスポドリを押し付けていた時などそれはそれは凄い光景になっていたということを記しておく。


「流石綺沙良。こういうことを頼んだら右に出るもの無し」


「褒めるな褒めるな……照れるゼ」


 うんうん、と頷く鳴衣の方は白いブラウスに同色のロングスカート、桜色のカーディガンという服装で、本人が常日頃から黒髪眼鏡ということもありザ・文学少女という概念を全身で体現しているように見える。ほんのりとあざとささえ感じるが、多分鳴衣のことだから狙って選んだコーデではないだろう。基本自分の外見には頓着しない子なので、「お出かけだしちょっと可愛いの着ていこうかな」くらいの気持ちで適当に組み合わせた結果こうなっただけだと思う。多分。


 身体の方が白っぽい色で纏められているため、黒いトートバッグがいいアクセントになっていた。


(やはり可愛い奴選んで来たのは正解だったね。私も2人に見劣りはしないはず……!)


 可愛らしく着飾って来た親友2人を観察しながら、私はスポドリの300ミリペットボトルを空にした。思わず口から「ぷはぁ、生き返るぅうう!!」という声が漏れる。


「よしよしこよいっち復活したねー?すぐに行けそう?」


「もちろん!ごめんね。足止めさせちゃって」


「いいっていいって。じゃあ本屋さんにしゅっぱーつ!!」


 テンション高く腕を振り上げた綺沙良に続いて、私と鳴衣は歩き出す。駅の東口から先は2キロに渡って続く商店街だ。『ハルジオン通り』という看板が入り口にかかっている。(ちなみに西口の先は『ヒメジョオン通り』)


 ゴールデンウィークということもあって人通りは多く、それらをかき集めようと、あちこちの店がキャンペーンやイベントのお知らせを貼り出していた。目当ての本屋さんもまた、『ガッツリ読もうゴールデンウィーク!』などと題して、主に小説類のセールをしている。


 本屋が見えるや否や、鳴衣は「ごめん先行く」とギリギリ聞き取れるレベルの超早口で残して飛び込んで行ってしまった。


「はは……鳴衣は平常運転だなぁ」


「めいめい……多分こういう時の為にエネルギー溜めてるんだろうね。さ、私たちも早くいこ」


 下手をすれば、私たちがたどり着くより早く鳴衣は買い物を終えてしまいかねないため、私と綺沙良も速足になった。


 その時、


「ん……?」


 私は人混みの中に見覚えのある背中があったような気がして足を止める。しかし、いくら目を凝らしてもそれらしきものを見つけることは出来なかった。


「おーいこよいっちー、どしたのー?」


「あああごめん、何でもない!!……気のせいかな?」


 私は人混みをもう一瞥してから、綺沙良の後を追った。 

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