第37話 平穏とはいかなくて

 さて、何はともあれゴールデンウィークだ。


 ムカデと激闘(?)を繰り広げた翌日の早朝、平日に学校に行くのと同じくらいの時間に私は目覚めていた。


 私も普通の休日は8時9時くらいまで平気で寝ているタイプの人間だけど、今日は大事な予定がある。夕べ読書を早めに切り上げたのはこのためでもあったのだ。


 手早くパジャマを脱ぎ捨てて、袖を通したのは余所行き用の私服。薄ピンクと白のボーダーのシャツの上に黄色いカーディガンを羽織り、下はお気に入りのジーンズ。いつもは付けない星形のヘアピンも右のこめかみ付近に装着する。


 今日は綺沙良と鳴衣と女3人での楽しいショッピングだ。デート(経験はない。ないったらない)ではなくともコーディネートには気合いが入る。他2人もおめかししてくるだろうからそれに負けないようにという、ささやかな対抗意識だ。


 30分程で身支度を終えると、階段を駆け下りてすぐ目の前の玄関から新聞を取りに外へ出る。

目を閉じてひんやりとした爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、身体のあちこちで活動開始のスイッチが入って行く気がした。


 ……多分、私のことだから、ただ駅前に行くことさえ一筋縄ではいかないのだろうけど。まあ、それはいつものことだし。


 今はこの清々しい気分を味わいながら、楽しいことだけ考えようと思った。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「……こよいっち?あの、なんかめっちゃ疲れてない?だいじょぶー……?」


「だ、だいじょぶー……」


 午前10時。春音駅前。


 東口のロータリー前にあるベンチに、私は燃え尽きたような格好で座り込んでいた。まだ綺沙良と鳴衣に合流したばかりで何処も回っていないというのに。


 駅に向かう途中で通りかかった児童公園で、母親の目を盗んで女の子を連れ去ろうとした不審者をとっちめ、「また君か」みたいな顔をする馴染みの刑事さんに引き渡したりしていたら時間ギリギリになってしまったのだ。そこから駅まで猛ダッシュした結果がこのザマである。たまに助っ人をする陸上部の先輩に見られたら「鍛え方が足りないぞー?」と言われそうだ。


 綺沙良が火照ったほっぺたに押し付けて来るスポーツドリンクのペットボトルがひんやりして気持ちいい。


「もー、どうせまたどっかで人助けでもしてたんでしょ?私たちだってそのくらい折り込み済みなんだから慌てなくて良かったんだよ?」


「そう、来宵にトラブルは付き物。これは常識。必修科目」


「うう……すまぬ……すまぬぅ」


 こう言ってくれる。ホントに、私はいい友達を持った。だからこそ、かける迷惑はなるべく少なくしたいんだけども。


(せめて、私といる内は2人に危険が及ばないように頑張ろう)


 これまでもそうだったし、これからもきっとそう。暁兄妹あの2人みたいに劇的な活躍は出来なくても、自分の手の届く範囲の人くらいは守りたいんだ。


「まあ、私が来たからにはもう安心だよ。不埒な輩は全員やっつけてやるからね」


「そんなへろへろの状態で言われてもなぁ?」


 荒い呼吸がなかなか戻らない私は、そのまましばらく綺沙良にほっぺたを弄られ続けた。

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