第35話 姿無き勇者たち

「それで、その協力者に関係する話なんだが……階が日向から聞いたというあの言葉について、1つ仮説が立ったから伝えておく」


「日向ちゃんには覚えがないって話だったよね」


 2人に出会った最初の日。夜が明けて現実に戻る寸前、日向ちゃんが私に『すぐにまた会える』と言った。ところが、その言葉を言った肝心の日向ちゃん本人には言った記憶がないらしく、3人揃って首を傾げる羽目になっていたのだった。


「協力者に関係あるってことは……もしかして」


 話の流れから、私も何となく察することが出来た。


「ああ。おそらく“水属性担当の協力者が日向の口を一瞬だけジャックして例の言葉を言った”というところだろうな。あくまでも仮説ではあるが、限りなく正解に近いと思われる……こんなことは初めてだから、俺も日向も正直驚いている」


「でも協力者の皆さんって、みんな日向ちゃんの中で眠ってるって話じゃなかったっけ?」


 そう、さっき暁くんはこんな風なことを言っていた。『協力者たちは傷を癒すために、日向ちゃんの意識の奥底で眠っている』と。眠っていなければならないほどの傷を負った身であるにもかかわらず、私に声をかけるだけのために覚醒したというのだろうか。


 協力者たちにとっても、私は間違いなく初対面だったはずなのに。


「そうするだけの何かが、私にあったってこと……?」


「それは発言した本人に訊けないことにはなんとも言えないな……何かあるとすれば階の特異体質絡みだとは思うが」


 暁兄妹が言うところの、私の“現夢境に関する特異体質”は挙げて行くとキリがない。確かに、協力者たちが私に注目する点があったとするならば一番有力なのはそれだろう。


 とはいえ、私自身どうしてそんな特異体質を持っているのかがまるで分からないため、モヤモヤがどんどん積み重なって行くばかりなんだけども。


「……そろそろ日も暮れてしまうな。とにかく、この仮説については今は正直どうしようもないから、階の方で何か気付いたことがあったら……些細なことでもいい。教えて欲しい」


「うん、分かったよ」


 こちらとしても2人の知恵を借りないことにはこの諸々の謎を解き明かすことはできないだろうし、そうするのが1番いいと思う。


 何から何まで頼りっぱなしだから、せめて手掛かりの1つくらいは見つけたいところだけど……。


「あ、そうだ。協力者さんたちって名前はあるの?ほら、いつまでも一緒くたにしておくのもちょっと……さ」


「一応あるにはある。ただ、それぞれの本名はこちらの人間には発音不能らしいから、便宜上、という形でこちらで名付けたものにはなるがな」


 暁くん曰く、日向ちゃんを依り代にしている協力者さんは、以下の6人。


 火属性担当の男性、『狩人ハンター』。冷静沈着。


 水属性担当の少女、『無垢イノセント』。6人の中では最年少で、私に声をかけてくれた子でもある。


 雷属性担当の青年、『執事バトラー』。熱血漢。


 風属性担当の少女、『舞姫ダンサー』。天真爛漫。


 土属性担当の少年、『庭師ガーデナー』。働き者。


 そして光と闇属性担当の少女、『令嬢ノーブル』。14歳くらいがかかる病の患者。


 彼ら彼女らが、同郷の過激派(ということにしておこう)に反旗を翻し、暁兄妹――現実世界の人間に夢霊ゴーストと戦う力を与えてくれた人たち。


「……そっか」


 私は日向ちゃんに歩み寄る。2人の活躍が無ければ今頃私はここにいない。でも、その2人が活躍出来たのは間違いなく日向ちゃんの中の彼らのおかげだ。


 本当は彼らだって、必死に逃げて来ただけだったかも知れない。自分たちを脅かす者たちから、ただただ身を守りたかっただけかも知れない。それでも、傷付いたその身体で、現実世界の私たちに力を貸すことを決断してくれた。


「聞こえているかは分からない。けど、それでも言わせて」


 日向ちゃんの瞳、その奧に揺らめく光へと言葉を投げる。


「助けてくれてありがとう!皆さんの傷が、早く癒えますように……」


 見えない勇者たちからの応答はなかった。


 でも、日向ちゃんの瞳の光が、一瞬だけ輝きを増したような、そんな気がした。

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