第34話 夢幻よりの協力者

 、とは、いったいどういうことだろう?つい直前まで、“敵は夢の世界からの侵略者だ”という話をしていたはずじゃなかっただろうか。


 混乱する私に、暁くんから更なる補足がされた。


「夢の世界も一枚岩じゃないってことさ。向こうの住人の全員が侵略者ってわけじゃない」


「というか……潜在的には侵略に反対の人の方が多いのかもしれません。私たちの協力者は……そういう方々なんです」


「そうなんだ……」


 考えてみれば当たり前だと思った。この現実世界がそうであるように、夢の世界の住人だって多様な考え方を持っているはずであり、全員が全員侵略を考えているという訳じゃないんだろう。多分力の強い一部の過激派が幅を利かせてしまっていて、反対派がねじ伏せられているんじゃないかと私は思った。


「でも、その協力者さんたちはどうやって力を貸してくれているの?その人たちも夢の世界の住人なら、こっちには来られないと思うんだけど」


「その通り。だから今の彼女たちは、日向を依り代にして、その意識の奥深くで眠っているような状態だ。接触した時には皆酷く傷付いていたから、それを癒して貰う為でもあるな」


「“依り代”……?」


 ……それって、和風ファンタジーとかでよくある、幽霊や精霊を身体に取り憑かせたり、神様を降ろしたりするようなやつのことかな?


「概ね、階が今考えているようなモノで間違いない。日向の身体を仮の宿にして、記憶や技術、能力の共有という形でこちらに力を貸してくれている。俺たちが使う武器や、日向の現夢境を視る眼なんかも彼女たちの協力の賜物だ」


 “能力の共有”と聞いて、私は昨夜の急に人が変わったような日向ちゃんの様子を思い出した。あの変貌ぶりも、日向ちゃんではない誰かが日向ちゃんの体を借りて喋っていたのだとしたら合点が行く。


ところが、


「じゃあ、昨日フォームチェンジ……じゃなくて纏霊換装エレメンタル・シフトだっけ?それをした後の日向ちゃんは、取り憑いてる人の1人が表に出てきてた状態ってこと?」


「いや、あれは間違いなく日向の意思で話していた。あくまでも性格がシフトした属性を担当する協力者に引っ張られるだけで、意識そのものを乗っ取られてしまうわけじゃない」


「だからあの。えーと……な言動の数々も性格が変わった私が間違いなく自分の意思で話してたんですよ。あの時あまり引かないで下さいって前置きしたのは主にそれが理由です……」


 日向ちゃんが顔を赤くしながら眼をグルグルと泳がせる。この反応は本当に乗っ取られていたわけじゃないっぽいな。


「あれ、でも燕尾服だった時は普段通りだったような……?」


「ああ……あれは水属性を担当する協力者が日向と近しい性格をしているからだな。だから最初は必ずあの形態なんだ」


「あんまり纏霊換装エレメンタル・シフトで色んな性格に変わっていると。たまに、元の自分がどんな感じだったか分からなくなるのが困り者なんですよね……」


「え、大丈夫なの?それ」


 日向ちゃんの口から衝撃的な言葉が出た。“自分を見失う”というのがどんな感覚かは私には分からない。けど、それが恐ろしいものだと想像することは出来る。


 例えるならそれは、絶対に倒れないと信じて背中を預けていた、奈落の淵の柱が突然消えてしまうような――そんなゾッとする感覚なんじゃないだろうか。


 しかし、日向ちゃんは何の気なしに言った。


「そんなに。深刻なものではないんですよ?言葉をしっかり選ぶように話せばほとんど影響ありませんから」


 私を心配させまいとして、平気なフリをしている訳じゃないのだということは、すぐに分かった。何しろ、私も自分の巻き込まれ体質のことを人に心配された時に同じような反応を返すのだから。


 あれはとっくに乗り越えた者の目だ。とうの昔に、自分のかかえる問題を受け止めて、付き合って行くと決めた者の目だ。


『誰かを救えるのであれば、たまに自分が分からなくなるくらいどうってことはない』と、その瞳が雄弁に語っていた。


「……それなら、いいんだけど、さ」


 私は心からの安堵を、言葉に乗せて返した。

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