第33話 夢幻よりの侵略者

「侵……略……」


 現実味のないその単語を、噛みしめるように口に出す。侵略。他者の土地に押し入って、権利や財産を奪い取る行為。この場合……私達が奪われるモノとは……。


「ああ。夢霊ゴーストどものやっていることはそれだ。現夢境に迷い込んでしまった人々を、“夢の世界”へと拐っていく。ゆっくりと、しかし確実に、その上で誰に気付かれることもなく、な」


 ゾッとする話だった。彼らを食い止める暁兄妹がいなかったら、私も含めて今頃何人が連れ去られていたことか……。


「でも、夢霊ゴーストたちはどうしてそんなことを?」


「拐った人々を、奴らが具体的にどうしているのかはわからない。だが、現実世界の人間は本来、身体の属性が強く“現実”の方向に振れている存在だ。それを足掛かりにして、“自分たちの属性を現実に近付けようとしている”……ということは確からしい」


「……それって、まさか」


 嫌な想像が、頭に浮かんでしまった。私たち人間は属性が夢の側に振れると夢の世界に行ってしまう。では夢の世界の住人である奴ら夢霊ゴーストが逆に現実側に振れるということはつまり、


「現実世界に……来ようとしているってこと!?」


 暁くんは、重々しく頷いた。


「そう考えるのが妥当な所だな……奴らが現実世界を目指す詳しい目的は不明だが、夢霊ゴーストのデザインや今までやって来たことを鑑みると友好的な接触を望んでいるとは到底思えない」


 それはそうだ。こちらの人間をさんざん拉致しまくった上に攻撃的な生き物(?)まで送り込んでおいて、もし「あなたたちと仲良くしたい」なんて言われても説得力はゼロだ。むしろドン引く。


「そういう訳で。夢霊ゴーストがなんなのかと言いますと。夢の世界の住人たちが現実世界に干渉するためのインターフェース……つまりは仮想空間やオンラインゲームで使うアバターとか危険な場所を調べるための探査ドローンみたいなものだと思えば良いかと」


「つまり生き物じゃないんだね……?」


 なるほど。あの怪物たちは夢の世界の住人そのものではなく、あくまで奴らが遠隔で操っているナニか、ということか。機械的なデザインのがいることも、倒された奴が塵も残さず消滅してしまうのも納得出来た。


 でも、こんな話を聞いてしまうと流石に心配になって来る。2人が強いことは知っているけれど、それでも。


「2人だけで、大丈夫なの……?」


 気付けば、そんな言葉が口を突いて出ていた。


 暁兄妹が戦っているのは、単なる敵の一団じゃない。1つの世界そのものだ。このままではいつか、圧倒的な物量に押し潰されてしまうんじゃないかと、そんな不安が過ったのだ。


 しかし日向ちゃんは、笑ってこう言った。


「心配してくれて。ありがとうございます。でも、実は私たちも2人だけで戦っているわけではないんですよ?」


「え……?」


 その言葉にびっくりしている私へと、暁くんが補足の説明をしてくれた。


「元々、現夢境の存在を観測したのは俺たちじゃなくて俺たちの身内が所属してる研究所でな。味方は他にもいっぱいいるんだ。この刻鳴針シンフォニアもそこで開発されたものだしな」


「……不思議な妖精さんに神がかり的な力を渡されて『世界を救って!』って頼まれたとかじゃなくて?」


「それは魔法少女モノの見過ぎだ」


 なんてことでしょう。2人はファンタジーの産物じゃなくて人類の叡知の結晶だった。てっきり「僕と契約して以下略」とかプリティでキュアキュアな戦士たちとかエトセトラエトセトラの同類だと心のどこかで考えてたよ。


 しかし、愕然とする私に暁くんは続けてこう言った。


「まあ、その“妖精”に関しては当たらずとも遠からじ……って感じではあるが」


「マジですか!?」


 え、いるの!?妖精!!?


「そんなにキョロキョロしても目に見える場所にはいませんよ、先輩?」


 興奮している私に、日向ちゃんから若干の呆れを含んだ眼差しが贈られた。仕方ないじゃん。だって妖精だよ?見たいよね普通?


 うんざりするくらい日頃から色んな目に遭っている私でも、流石に妖精にまでお目にかかったことはないんだから。


「すまない、言い方が悪かった。夢を壊すようで悪いが妖精ではなくてだ。彼らの一部に協力して貰っているんだよ」


 そんな暁くんの訂正が、私を更なる混乱へと誘うのだった。

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