第31話 お手製夢霊攻略ノート

〈side:階来宵〉


 ファンタジーな夜を乗り切った翌日の放課後。私は暁兄妹の呼び出しに応じて屋上に向かっていた。何事かを邪推したらしき綺沙良のニヤニヤ笑いと鳴衣の眼鏡キラーンが気になるが、変なウワサが立たないことを祈る。


 2人は昨日と同じく屋上庭園の端にいて、ベンチに並んで座りながら横向きに持ったスマホを弄っていた。


「私のターン。召喚したシューベルトの【魔王】発動。手札1枚捨ててね」


「……じゃあ手札にいるヘイヘの能力【白い死神】。捨てる代わりに召喚して登場時効果インスタントの【ケワタガモ撃ち】を発動。お前に1点のダメージな」


「え。嘘!?ルーデルだと思ったのに……」


「ガーデルマンのサーチ能力は相手に見せなくて良いのが強みだよな――」


 漏れ聞こえて来る会話から察するに、あの偉人カードゲームをプレイしているらしい。後でフレンド登録させて貰おうかな……。


 そんなことをぼんやり考えながら近づくと、兄妹はチラリとこちらに視線を向けて来た。


「ん、階が来たな、終わらせようか。山本五十六召喚、【提督号令】で全体を強化して総攻撃」


「え。ちょっと、今引いまびきつよ……ああ……」


 勝負がついたらしく、日向ちゃんがガックリと肩を落とした。


「すまない。待たせたか?」


「ううん、大丈夫、来たばかりだし。2人もそれやってたんだね」


「ああ。猫目先生や碧葉たちの勧めでな……すっかりハマってしまった」


 フレンド登録の約束を取り付けながら、日向ちゃんの隣に腰を下ろす。すると早速、暁くんがバッグを漁って緑色のノートを取り出した。


「まず、階にはこれを渡しておく」


「ノート……?」


 手渡されたノートのデザインは何処にでもあるごく普通の物だった。ただ、表紙の部分に油性マジックで大きく“マル秘”と書かれているせいで物凄く中身が気になる。


 私は沸き上がる好奇心に抗わず、ノートのページをめくった。


 途端、バッと目に飛び込むテディベアの頭蓋骨。


「うひゃあ!?」


 私は思わずノートを取り落として全力で後ろに下がろうとしたが、ベンチの背もたれががっちりと私の腰を押さえ込んだ。


「ふふっ、あはははは……先輩、先輩」


 思わずといった様子で吹き出した日向ちゃんが、私が落としたノートを取り上げた。


「本物はここにいませんから。大丈夫ですよ。ほら」


 もしいても私が即仕留めますし、という日向ちゃんの柔和な笑顔に私は冷静になって、改めて開かれたノートを受け取る。


「絵、うまっ!」


夢霊ゴーストNo.1:朽チ熊フラジールベア】という見出しの下に、私のトラウマたるあの怪物熊の精巧なイラストが描かれていた。別アングルからのものや、あの枯れ枝のような長い腕をピンと伸ばしたものもある。月並みな表現だが本当に動き出しそうだ。


「これ、誰が描いたの?」


「イラストは私が描きました!こう見えてもイラスト部なので」


「ほぼ幽霊だがな」


 目の前に立つ日向ちゃんが得意気に胸を張る。(関係ないけど、誰かと違って揺れはしなかったのでちょっと親近感が湧いたのはヒミツだ)


 その日向ちゃんが描いたというハイクオリティなイラストの周囲は、びっしりとメモ書きのようなもので埋め尽くされていた。多くは使ってくる攻撃の種類だったり『腕のリーチが長いので、中途半端に距離を置くより懐に飛び込んだ方が安全』など戦闘に関する覚え書きのようだ。


 また、見出しの下には『評価』という欄があり、“遭遇率”、“戦闘力”、“危険度”の3項目が星の数による5段階で表されている。ちなみにこの怪物熊……朽チ熊フラジールベアというらしいこいつの評価は遭遇率星5(現夢境に入ればまず間違いなく遭遇するレベル)・戦闘力星1(余程油断しない限りまず相手にならない)・危険度星1(一般人が鉢合わせても余裕を持って逃げられる程度)だった。


 パラパラとページを捲れば、同じような怪物のイラストと評価、メモ書きの組み合わせがひたすらに続いている。


「これもしかして……攻略wiki的なもの?」


「そう思ってもらって構わない。階に渡しておけば、もしまた現夢境に囚われることになっても、俺たちと合流するまで自己防衛が出来るはずだからな」


 確かに、これは滅茶苦茶ありがたい。何しろ私はあの夢の世界に現れる怪物たちの知識なんて何も持ち合わせていないのだから。危険だということはわかっていても、遭遇した怪物が具体的にどういう能力を持っているから危険なのか、どういう逃げ方をすれば危険を回避出来るのかもわからない。


 でも、この攻略ノートがあれば話は変わる。


 怪物たちを避けながら、2人と合流するための行動を取り易くなる……!


「ありがとう、2人共!凄く助かる!!」


「いえいえ。私たちも、先輩が自分で自分の身を守れた方が安心出来ますから」

 

 微笑む日向ちゃんの顔を見ながら、これはもう熟読するしかない、と、私は帰ってからの方針を定めたのだった。 


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