第30話 階来宵武勇伝
それから時は流れ、3時限目の後の休み時間。
「本当!?たすかるぅ~!ありがとう階さん!!」
「いいっていいって」
教室後方の入り口付近で、階が隣のクラスの女子に両手を握られ、感激のあまり上下にブンブンと揺さぶられていた。断片的に聞き取れた会話から察するに、バスケ部の練習試合の助っ人を頼まれたらしい。
「あいつ……さっきも助っ人頼まれてなかったか……?」
「階のことか?ああ……確か1限終わりにもラクロス部の部長が来てたな」
俺の言葉にそう返すのは、前の席にいるツンツンとした短髪の快活そうなサッカー男子。名前は
「練習試合が近づくと、色んな部活から助っ人の依頼が来るのよね……階さん」
続いて、俺の右斜め前に座る、重厚なノイズキャンセリングヘッドホンを首に引っ掛かけた茶髪混じりの女生徒、
この2人は幼なじみ(そしてはっきり聞いた訳ではないがおそらく恋仲だ)で、階を始めクラスの3分の1とは中学の頃からの同級生らしい。
「今日来たラクロスとバスケ、あとバレーにテニスにソフトと……弓道の団体に呼ばれたこともあったっけ」
「そんなにか……!凄いな……」
川霧が気怠そうに指折り数える。助っ人に呼ばれるからには、その部活に所属しているメンバーたちと遜色ない働きが出来るということであり、驚く程の多芸ぶりだと言えた。
「あまりの器用さに“最強の助っ人”とか“女子運動部の
「漫画のキャラみてぇだろ?でもマジな話なんだ。というかあいつほんと“武勇伝”に事欠かねぇんだよな……」
「武勇伝……例えば?」
尋ねると、碧葉と川霧はアイコンタクトを一つ。
「代表的なのは、やっぱり去年のアレかな……」
「ああ、やっぱアレ抜きに階のことは語れないよな」
そして続いた碧葉の言葉は、耳を疑うような物だった。
「バスジャック犯をノックアウトした女子校生なんて、そうそういないだろ」
「……は?」
思わず口から出たのは、酷く間の抜けた声だった。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「……えっと?」
双眼鏡を眼から離し、こちらを向いた日向の顔はかなり引き攣っていた。まあ、あんな話を聞いた後では無理もない。俺だって少しの間呆けてしまったくらいなのだから。
「サービスエリアで。車内に侵入してきたバスジャック犯の顔面に飛び膝叩き込んでKO……?階先輩が?」
「ああ、らしい」
碧葉と川霧の話によれば。
修学旅行の初日、最初に立ち寄ったサービスエリアからバスが出発しようとする寸前で、閉まるドアの隙間を抉じ開けて侵入して来た男がいたらしい。そいつは車内に入って来るなり運転手を刃物で脅してバスを発車させた後、手近な生徒を人質に取ろうとしたそうなのだが、
「その瞬間には、既に奥の座席から飛び出した階が宙を舞っていたそうだ」
男の注意が生徒に向いた一瞬の隙を突くように、跳躍した階の膝が男の顔面を直撃。その後階は仰向けに倒れた男の手首へ肘を打ち込んで刃物を落とさせ、教師たちと協力して男を押さえ込んだらしい。そのまま、バスジャック犯は次のサービスエリアであえなく御用となったそうだ。
『いきなり『全員動くなあ!』って凄い声と、直後にもっと凄い掛け声と音が聴こえて、恐る恐る前を見たらもう全部終わってた』
『私は真ん中あたりの席にいたから一部始終を見られたんだけど、それでも訳が分からなかったんだよねー……』
とは、体験者である2人の感想。
「いやいや……色々おかしいでしょそれ。先輩どんなメンタルしてるの……」
顔を引き攣らせたまま、日向が搾り出すように言う。話を聞く限り、階はバスジャック犯が侵入して来た瞬間にはもう行動を起こしていたと考えられる。修学旅行の楽しい気分からの切り替えと判断の速さが異次元レベルだし、躊躇い無くその行動を実行出来る胆力と大の男を一撃で沈める攻撃力も凄まじい。
『なんというか……男を蹴り倒してからナイフを落とさせて押さえ込むまでが手慣れ過ぎてて逆に怖かった』
そう語った川霧は、遠い目をしていた。
目と言えば、昨夜の現夢境にて。お婆さんを庇いながら
「本当、色んな意味でイレギュラーな……」
階に関しては、今後も継続して探りを入れてみた方が良さそうだと、俺は日向と頷き合った。
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