第27話 月を喰らう

「今のは……奴の切り札か?」


 眼下の惨状に、日向が紫の瞳を細める。


「そのようだな……」


 光線は壊れかけの大通りへトドメを刺すだけに飽きたらず、突き当たりに建っていたビル3棟をも貫通していた。元々廃墟も同然だったそれらは自重を支えられずに次々と崩落していく。


 金狼は大剣を元のように咥え直すと、恨めしげに牙を剥きながらこちらを睨み付けて来た。全身の装甲が展開状態となっており、解放された浮遊剣の刃がギラリとした光を放っている。完全に手負いの獣といった風情だった。


 背中に懸架されている3本の浮遊剣が、金狼の短い唸り声と共にミサイルの如く射出された。俺たちは重力操作を駆使して回避運動を取りつつ、破壊された地上へと降下する。あの光線は熱を持っていなかったらしく、地面が赤く溶解していたりガラス化していたりというようなことはなかった。


「日向、速攻でカタを付ける。まずは“略式”からだ。脚を奪って本命に繋ぐ」


「了解だ、兄上。奴の夢力量なら多少消費した所で回復は容易かろうよ」


 金狼の正面から突撃しながら、並走する日向へ呼び掛ける。あの光線がビルを易々と瓦礫の山に変えてしまう程の破壊力を備えている以上、何発も撃たせる訳にはいかなかった。


 何しろ、射出角度次第ではきざはしのいる建物を巻き込みかねない。


――頑張れ!!――


 背中に投げ掛けられた声援がフラッシュバックした。護るべき者の存在を噛み締め、俺と日向は更に加速する。迎え討つ金狼は戻って来た浮遊剣を背中に格納し、右前脚を少し引いた。


「総てを断つは絆の黒翼――【略式・黒耀の一オブシディア・ワン】!」


「――【完全同調フルシンクロ】」


 脚を止めぬまま、鎌を振りかぶりつつ力ある言葉を紡ぐ。黒曜石オブシディアンから弾けた輝きが、ファンタズマの刃の片方を包み込み深い黒の彩りを添えた。


 金狼が右前脚によるカウンターの斬撃を放つ。しかし、その時には俺も日向も奴の懐深くまで飛び込んでいた。


「――【満月裂キ断ツ宵闇ノ双翼スプリットムーン・ツヴァイウィング】!」


 それは、天舞う飛竜の羽ばたきの如き、神速の一閃。空中に漆黒の軌跡を残したその斬撃は、金狼の両前脚を肩口から断ち切った。支えを失った狼の上半身が地に墜ちる。本来はもう一方の刃で横回転を入れた2撃目を見舞うのだが、今回は体勢を崩すのを目的とした略式解放のため、刃を包んでいた夢力はすぐに霧散した。


 ファンタズマを幾度も振るい、俺と日向は動きを止めた金狼を切り刻む。相手は展開した各部の装甲と射出した浮遊剣で応戦するが、俺たちは的確にその合間を縫っていった。既に奴の装甲の加害範囲は確認済みだ。


 だが、その隙も長くは続かなかった。配下を冥界からでさえ呼び戻すその回復力を以て、切断された両前脚がテープの巻き戻しのように再結合してしまう。金狼はすぐさま夢力を周囲に放出する構えを取ったため、俺たちは揃って奴の後方へ飛び退いた。


 再び目の前に現れる金色の螺旋。それらは金狼の身体を取り巻いた後、徐々に奴の咥える大剣へ集約されていく。否応なしに脳裏に浮かぶ、先程の大破壊。


 だが、あの光の砲撃は威力こそ絶大だが、撃つまでの隙も大きい。もともと隙を作りたかった俺たちにとっては、むしろ好都合だった。


 日向とアイコンタクトを取り、俺はファンタズマを肩に担ぎ上げるように構える。直後に感じる、トンッ、という軽い衝撃。背後に回された刃の、ほとんど切っ先に近い部分に、冥銃鎌を身体の前で水平に保持した日向が降り立ったのだった。


「星影よ、天を覆え――【紫耀の三アメジスト・スリー】」


「――【完全同調フルシンクロ】」


 激しい紫の光の奔流が俺たちを包み込む中、金狼が離れた位置に着地して反転するのが見える。大剣の刃は金の輝きに変じ、解放の瞬間を今か今かと待ち構えていた。

 

 ……悪いが、ソレを撃つ暇は与えない。


 俺は引き絞った全身のバネと重力操作を使った渾身の縦斬りを放ち、投石機カタパルトよろしく日向を天空へ打ち上げた。同時に双方のファンタズマから三日月型の刃が分離し、地上に残された俺の周囲を衛星のように取り囲む。


 俺は続けて長い柄のみとなったファンタズマを上空へ投げ上げ、そのまま勢い良くアスファルトへと右の拳を振り下ろした。接触点から黒い影のようなものが一瞬の内に伸び、奴の足元で闇色の渦を作り出す。更にその外周部へ分離飛行した冥銃鎌の刃が突き立つと、突然金狼の足元のアスファルトが陥没した。


 局地的な、超重力空間の生成。黒耀の二ジェット・ツーさえも超える強度の力場は、金狼の膂力を以てしても立ち上がることさえ敵わない。


「――月を紅に、堕ちた同胞を死出の旅路に」


 祝詞のような言葉が、天空から降り注ぐ。


 宙に立つ日向が、おもむろに両手に携えた鎌の柄を寄り添わせた。次の瞬間、2本のファンタズマは軋むような機械音と火花を伴いながら変形、合体。


 現れたのは、夜空を溶かし押し固めたかのような、長大なる対物狙撃銃アンチマテリアルライフル。自身の身の丈さえ超えるその怪物を、日向は立ち射ちの姿勢で構えた。


 銃口が、甲高い吸気音を発しつつ世界から光を奪う。星明かりも、煌々と降る月光も分け隔てなく、その銃は纏めて喰らい尽くして行く。残ったのは、俺たちを取り巻く紫黒の粒子と、金狼を包む輝き。そして……不気味な程の紅に変じた、満月の光のみ。


「――いざこの一撃を以て手向けとせん」


 その時、超重力に押さえ付けられているはずの金狼に動きがあった。錆び付いた機械のような重苦しい動作だが、徐々に首を上空、日向の方へ傾けていく。それは王としての意地か。己を縛り付ける枷に抗いながらあぎとを開き、目映いばかりの大剣の切っ先で天を睨む。


 銃口が漆黒の光を束ね、金狼の聖剣は激しくスパークする。


 そして――




「月光を呑め、【月輪喰イ尽クス終焉ノ光禍ジ・エンドオブイクリプス】!!」




 一瞬の収縮の後に解き放たれた闇色の弾丸が、地上からの極光と激突する。それは刹那の間さえ置かず狼王の威光を真正面から撃ち破り、金狼の喉奥を貫いた。


 直後に弾丸が炸裂し、世界から音を消し去った。出現した長大な煌黒の柱だけが、猛々しき狼王の墓標のように地上と夜天を繋いでいる。


 やがて、星空を突く黒き夢力の激流が消え去ると、満月は元の白い光を取り戻した。


 金狼はもう、影も形も残ってはいなかった……。

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