第25話 殺戮の舞踏

 ――その瞬間、アスファルトに鎌の柄を叩き付ける音が、崩れかけの街に響き渡った。教会の鐘の音を思わせる、荘厳な音。


 だがそれに聞き惚れるいとまがこの場にいる者に与えられることは無く、直後に闇に染まる路面から放たれた衝撃波が周囲一切を蹂躙した。接近する狼たちと光刃の群れがもろとも薙ぎ払われ、落下してくる大剣の切っ先も跳ね返される。次いで広がる漆黒が渦を巻き、もがく狼たちを猛烈な勢いで吸引し始めた。


「グルゥッ……」


 それは金狼も例外では無い。四肢を突っ張った程度では渦の吸引から逃れることが出来ず、咥えた剣をアンカー代わりに建物へ打ち込むことでなんとか耐えているようだった。


 王ですらそのような状態のため無論配下の狼たちには為す術など無く、次々に路面から身体を引き剥がされて俺たちのいる渦の中心へ飛ばされて来る。


「我が舞踏場へようこそ。歓迎しよう――供物としてな!!!!」


 瞳を爛々と輝かせ、最初に飛んで来た哀れな1騎を日向が両断する。それを皮切りにして、殺戮の舞踏会が幕を開けた。超重力の渦ブラックホールの中心へ吸い込まれて来る狼たちを、俺と日向は舞い踊るように鎌を振り回して次々に斬り捨てていく。狼たちはその都度浮遊剣から引き出したリソースで身体を再生し復活するが、復活した瞬間に重力に囚われて俺たちの斬撃の餌食になるという、半ば無限ループのような状態に陥っていた。


 狙い通り、浮遊剣の輝きが加速度的に失われていく。狼たちの復活限界が近づいて来る。


 これには金狼も黙っていられなかったのか、自分の身を守るために身体の周囲へ配していたものも含め、12本全ての浮遊剣をこちらへ飛ばして来た。重力場に飲まれ、浮遊剣は正確に俺たちのいる渦の中心を捉えている。


 が、


「無粋な!!」


 ガキィンッ!!という金属音を高らかに響かせながら、日向が斬り上げた鎌の刃が先頭の浮遊剣を弾き返した。体勢が崩れたそれは殺到する他の剣の進路を妨害し、バランスを喪失させる。刀身を破壊することは出来ずとも、夢力解放中の今なら鎌の重量と振りの加速を上乗せ出来るため、迎撃するだけなら問題はない。動きの鈍った浮遊剣は次々と俺たちの手で叩き落とされ、超重力に押さえつけられて無害なオブジェと化した。


 邪魔が無くなり、鏖殺の舞いは更に勢い付いた。この【昏キ凶ツ星ニ捧グ刃舞ブラックホール・マスカレード】は“重力で引き込んだ夢霊へ吸夢刃アブソーバーで直接攻撃する”という性質上、攻撃対象となる夢霊が存在する限り半永久的に技を継続させることが出来る。よって、倒しても倒しても自動で復活するこの狼たちは、日向が宣言した通り最早単なる“供物”でしかないのだった。


 ファンタズマの刃が躍る。俺は淡々と、日向は哄笑を上げながらただひたすらに飛んで来る敵を切り刻む。


 約2分後に地に伏した浮遊剣の1本が光を失い、狼が11騎になった。


 3分を過ぎる頃には半数の狼が倒れ、辺りは舞い散った塵で金色に染まった。


 そして夢力解放から4分。最後に残った1騎の首が日向の横薙ぎで胴体から離れ、アスファルトに落下して弾け飛んだ。浮遊剣の輝きは既に無く、狼がその形を取り戻すことももうない。役目を終えたブラックホールは徐々に収縮していき、やがて元の破壊跡が目立つ大通りへ戻った。


「さあ、これで貴様も丸裸よ!!」


 ファンタズマの銃口を金狼に突き付け、日向が重力弾グラビティ・バレットを放つ。超重力から解放された浮遊剣が本体の元へ戻るまでの隙を付いた形だったが、金狼はアンカーにしていた剣を引き抜いていとも容易く弾丸を切り払ってしまった。


「ウォオ―――――――――ン!!!!!!」


 次いで空間を震わすような咆哮を一発。すると、まるで王の号令に応えるかの如く、周囲に滞留していた金色の塵騎士の亡骸が金狼の元へと集まっていく。


「……ほう」


 日向が薄い笑みを浮かべ、更に弾丸を放った。勿論、明らかに何かしようとしている金狼を黙って見ている手はないため、俺も射撃を重ねる。だが、今度は凝集しかけていた塵の一部が意志を持つかのように蠢いて弾丸の盾となり、衝撃の全てを受け止めてしまった。


 塵はそのまま金狼の身体の各所にまとわり付くと見る間に硬質化し、やがて黄金の騎獣鎧カタクラフトへと姿を変えた。更には四肢に1本ずつ、胴体の両側面に1本、尾を挟み込むように2本、砲台を背負うかのように前方へ切っ先を向けた状態で背中に3本の浮遊剣が収まり、細かく分割された最後の1本は金狼が咥えた剣へ更なる鋭さと重厚さを与える強化パーツとなった。


「面白い、決戦仕様という訳か……!」


「……そのようだな」


 変貌した金狼を前に不敵な笑みを浮かべる日向に同意を返す。どうやら死して尚、騎士たちの忠誠は消えないらしい。


 直後に金狼が玉座を蹴り、満月を背にした大跳躍から挨拶代わりの強襲を仕掛けて来た。咄嗟に後方へ跳んだ俺たちが直前までいた地点へマイクロバス並みの巨体が着弾し、咥えた剣が大地に癒えない傷を穿った。


 近付いたことで改めて分かるその威容、風格――そして圧倒的な力。紛れもなく、過去最強の相手だということを確信する。


 だが、俺も日向も臆しはしない。


 夜明けが、目の前まで迫っているのだから。


「最終局面だ。気を引き締めて行こう」


「ああ、兄上。再び一番槍を戴くぞ!!」


 日向がアスファルトを蹴り飛ばす音と共に、最終決戦の火蓋は切られた。

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