第23話 不死の12騎

 俺を包囲している狼たちは、1匹の遠吠えを合図に一斉攻撃を仕掛けて来た。半数が飛びかかりからの剣による致命を狙った縦の斬撃、残り半数は地を這うような疾走からの脚部破壊目的。組み合わせはさっき先陣を切った2匹と同じだが、何分数の桁が違うため普通にやっては防ぎ切れない。


 なので、


「墜ちろ」


 俺は鎌の柄の先端で路面を突いた。瞬間、空中にいた狼たちがまとめてアスファルトに叩き伏せられる。地上組の狼たちは落下に巻き込まれたり進路を塞がれて立ち往生したりと瞬く間に混乱し、中には驚いて味方を切り付けてしまった個体もいる。俺はその隙を逃さず、ファンタズマを振るって狼たちを次々に霧散させていった。


 日向(闇属性ver)が『見えざる巨人の鉄槌インヴィジブル・ストライク』と呼ぶこの局地的な超重力空間の生成は多少夢力を使うものの、多数の夢霊をまとめて迎撃できるため乱戦時は非常に強力だ。この技もまた、冥銃鎌の強さを支えている。


 包囲を無事に脱し、俺は後方を警戒しつつ日向の加勢に向かった。途中でチラリと刃の宝石を確認すると、溜まった夢力は既に第1段階を突破しており、次に控える黒玉ジェットが紫黒の光を溜め込み始めている。単に狼たちを殲滅するだけなら第2段階で良いが、その後の基点個体クローザー戦を見据えるなら、なるべく第3段階には近付けておきたかった。


 夢力解放技には、それぞれ役割がある。第1段階は八踏蛇竜オクタニュート弩弓亀バリスタートルなど強敵向けの単体攻撃、第2段階は大群殲滅用の広範囲技。そして、吸夢刃アブソーバーに限界まで夢力を溜めて放つ第3段階は……基点個体クローザーを確実に葬るための、文字通り必殺の一撃だ。あの金狼を狩るには、絶対に必要となる。


「すまない、待たせた」


 タイミング良く飛び退いて来た日向と背中合わせになる。彼女は一切息を乱した様子も無く、不敵に笑いかけて来た。


「もう少しのんびりしていても良かったのだがな?兄上?」


「そういう訳にはいくか。第3まで溜めなければならないのに、お前に獲物を一人占めされては敵わない」


「ならば、我が狩り尽くす前に溜めきることだな!!」


 同時に地を蹴って、それぞれ正面の集団へと攻撃を仕掛ける。宝晶剣を握っていた時とは違い、日向の戦い方はかなりアグレッシブだ。


 重力操作を惜し気もなく使い、急激な加減速と三次元機動を繰り返しながら戦場を駆け回る。それも合間に無駄なステップやら宙返りやら錐揉み回転やらを挟みながらだ。その激しい動きに対応出来なかった狼は、もれなく物言わぬ骸になっていく。


「どうした!?仮にも狼王直属の配下であろうに、手応えが無さすぎるぞ!!」


 最早どっちが悪役かわからないようなセリフと共に、日向はファンタズマの刃に引き寄せた狼たちを一挙に両断する。その一撃で、日向が担当した方の狼は全て撃滅された。


「兄上、紫水晶アメジストは輝いたか?こちらは片付いてしまったぞ?」


「後少しだ」


 鎌を担ぎながら、優雅にさえ見える足取りでゆっくりとこちらへ向かって来る妹にそう返し、俺は最接近していた狼を重力弾グラビティ・バレットで迎撃する。これで残りは12体となった。宝石の具合を見るに、こいつらを殲滅する頃には夢力も溜まりきりそうだった。


 しかし、事態はその瞬間に急変した。


「兄上ッ!!」


「――ッ!!?」


 日向の切羽詰まったような叫びと共に、俺の周りに影が差した。反射的に重力操作を全開にして後方へすると、直前まで俺がいた地点へ巨大な輝きが突き立ち、唯でさえボロボロだったアスファルトを容赦無く打ち砕いた。


「ヤツめ……遂に本腰を入れて来たな。部下を殺されて焦ったか?」


「いや……まだそんな雰囲気ではなさそうだぞ?」


 俺は視線を上向け、下手人を睨む。金狼は相変わらず、折れたマンションから動こうとしない。ただ背中の円環だけが、目映いばかりの輝きを放つ12本の剣に分離してヤツの周囲を衛星のように取り囲んでいた。俺を襲ったのはその内の1本だ。


「ハ、その余裕、いつまで保ってられるか見物だな。兄上、無粋な航空支援に潰されてくれるなよ!!」


「待て、日向!」


 視界を遮っていた剣がゆっくりと上がっていったのを見て、日向がすかさず重力操作全開で狼の群れに突っ込んで行く。だが、妹の向かう先にたむろしている狼たちは先程までと様子が違った。金狼の物とリンクしているかのように、咥えた剣が光を放っている。


 日向の鎌が横薙ぎに振るわれ、先頭にいた狼3匹の首が飛んだ。残った身体がアスファルトに横たわり、直後に金色の塵と化して飛び散る。


「っ!?」


 その直後に発生した現象は、俺たちを驚愕させるのには十分過ぎた。


 通常であればそのまま消滅するはずの夢霊の残骸が、空中で螺旋を描きながら集結し始め、瞬く間に輝く剣を咥えた3匹の狼が再誕したのだ。


「バカな……!?」


 さしもの闇日向も、これには驚愕を隠せなかったらしい。正直俺も全く同じ心境だ。


 回復役ヒーラーを務める夢霊がいない訳ではない。光属性の邪ノ眼イビルアイなどがそれにあたる。だが、蘇生能力を持つ夢霊など前代未聞だ。


 蘇った狼たちの反撃をいなし、日向がバックジャンプで後退して来た。


「なるほど?要するにアレらは激戦を生き延びた最精鋭という訳だ……本当に円卓の騎士にでも成ったつもりか?」


「最早モチーフは確定で良いだろうが……いったいどこで覚えて来たのか」


 あれが本当にアーサー王や円卓の騎士をモデルにしているなら、ヤツらは地球の物語まで把握していることになるのだが……。


「ともあれ、これだけ大それたことをしでかしているのだ。何の代償も無く使い放題とはいくまいよ」


「同感だ」


 金狼が剣の群れの回転を早めながら咆哮する。それを合図に、不死身と化した刃月狼円卓の騎士たちが一斉に剣を振り立てて突撃して来る。


「まずは、突破口を見つけだそう」


 

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