第21話 纏霊換装〈エレメンタルシフト〉
「そういうことだから、あのアーサー王気取りにはさっさとご退場願おう。その前に……」
油断なく金狼の様子を伺いながら、暁くんが日向ちゃんに向き直る。金狼の方は悠然と、新たな身体を得た夢霊たちを見下ろしており、まだこちらに注意を向けてはいない。気付かれていないのか、あるいはナメられているのか。
「奴……というより配下も含めて全員の属性が“光”に変わっている。換装が必要だ」
「え、光?よりによって階先輩がいる時に……?」
日向ちゃんは何やら躊躇うような視線をこちらに向け、ため息を1つ吐いた。何だろう、『換装』とやらに問題があるのだろうか。
「仕方ない。先輩、あまり引かないで下さいね……」
「え、う、うん……?」
状況はよく飲み込めないままだが、私は日向ちゃんを見守ることにした。日向ちゃんは淡い蒼に輝く目を閉じて腰から剣を鞘ごと外すと、身体の前にかざした。
「【
瞬間、日向ちゃんの持つ剣が蒼い粒子と化して空中に舞い散り、黒に近い紫へ変色しつつ再集結して両端に三日月状の刃がついた鎌に姿を変えた。それはどことなく機械的なデザインで、長さは私の身長――160後半――くらい。細い角柱状の柄の中程に、銃の
次いで、鎌を掴み取った日向ちゃんの方に変化が起きる。着ていた燕尾服は蒼白い光に包まれて形状を変え、漆黒のゴシックドレスに。髪は毛先が淡く紫に発光し始め、独りでに頭の両サイドで螺旋状に巻かれた状態になった。
(おおおリアル変身シーンだ!?)
子供の頃に憧れた魔法少女アニメのバンクシーンその物な光景に、私は内心で大興奮していた。なるほど、日向ちゃんが引かないでと言っていたのはこのためか。
しかし私は、そう納得した直後に、日向ちゃんが躊躇っていた本当の理由を知ることとなった。
「…………くくく、これが今宵の戦場か。犬コロどもが吠えておるわ」
んん?、と、一瞬誰が発した言葉なのか分からなかった私は首を傾げた。音源が日向ちゃんの口からだと気付いたのは少し経ってからだった。
「良かろう、1匹残らず我が魔刃にて屠ってくれる。さあ兄上よ、赴こうぞ」
「待って日向ちゃん口調が変だよ!?どうしちゃったの!!?」
まるで〆切が近づき心が中学2年生に侵食され始めた鳴衣みたいな喋り方になった日向ちゃんに慌てふためき、私は暁くんに視線で説明を求める。いつの間にか、暁くんの手にも日向ちゃんとお揃いの鎌が握られていた。
「ああ、奴らに攻撃を通し易くするために、装備を替えたんだ。日向の性格が多少武器に引っ張られてるとは思うが、気にするようなことじゃない」
「いや本人凄く躊躇ってたけど……」
「どうした先輩、我の顔に何かついているのか?」
日向ちゃんに目を戻すと、彼女は紫に輝く瞳で上目遣い気味に私の顔を見つめ返して来た。言葉を丁寧に区切りながら話しているような口調から一転、尊大かつ自信と闘争心に満ち溢れた声音に変貌している。まるで別の誰かが乗り移ったかのようだった。
「何、案ずるな。貴殿には指1本触れさせぬよ。この
くくく……と、片眼を隠しながら笑い声を漏らす日向ちゃんを見て、確かにこれは躊躇う理由も分かると思った。ノリが完全に14歳が発症するあの病のソレだったからだ。
……うん、私は何も見てないし聞いてないことにしよう。日向ちゃんの精神の安らぎのために。
「では兄上よ、我は先にゆく。先輩のことは任せるぞ」
「分かった。データのない相手だから、気を付けろよ」
日向ちゃんは不敵に笑い返すと、鎌を振りかざしながら弾丸のように狼の群れへ突っ込んで行った。
そして暁くんの方はというと、
「失礼」
「ひゃあ……!?」
突然私を横抱きにして、手近なアパートの壁面を垂直に駆け上がるという暴挙に出た。どういうわけか重力が仕事を放棄しているらしく、暁くんは私を抱えたまま一瞬の内に屋上まで到達する。
……地味にお姫さま抱っこは初体験だったけど、状況とスピードのせいで体感では絶叫マシンに乗っているのと大差なかったのが残念だ。支えのなかったお尻の辺りが落ち着かない。
などと、心に余裕が出てきたからか我ながら場違いなことを考えている間に、暁くんは階下に繋がる鉄扉の前で私を下ろした。
「俺は最後のひと暴れをしてくる。階さんはすぐにこの扉に入って、そこで終わるまで待っていて欲しい。狼共は俺たちで大通りに釘付けにするが、万が一ということもあるからな」
「うん、分かった。あと“さん”は付けなくていいよ。慣れてなさそうだし」
「そうか……?なら、そうさせて貰おう」
そう言って、暁くんは私に背を向けた。体の前で鎌を一回転させ、まるで箒でも持つかのような自然体で構える。月光に照らされて、白銀の輪郭と、舞い散る粒子が鮮やかに浮かび上がった。
「――――――」
きっと、私は呆けたように見とれていたことだろう。月明かりが、人の形となって顕現したかのようなその立ち姿に。この美しさを表現出来ない自分の語彙力がもどかしい。鳴衣ならもっと上手く言い表しただろうに。
でも、同じ月明かりの化身なら、私は、あの金狼なんかより目の前の白銀の方がずっと良いと思った。ずっと……安心できると思った。
「――頑張れ!!」
気付けば、思わずそう叫んでいた。暁くんは少し驚いたようにチラリと私の顔を見て、
「ああ。必ず……あんたに朝の光を届けてやる」
それだけを残すと、
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