第20話 基点個体〈クローザー〉
日向ちゃんが発した言葉の意味を理解するのに、私は数秒の時間を必要とした。
「待て、いったい何の話をしている?」
1人状況が飲み込めていない暁くんが、私たちの顔を交互に見て言う。あれは暁くんが帰っていった後の話だから、知らないのも無理はない。
「昨日日向ちゃんが帰り際に、私へメッセージをくれたの。“すぐにまた会える”って」
「何……?」
聞いた暁くんが、どこか面食らったような表情で日向ちゃんを見た。「それは本当か?」と。
「でも。私、そんなことを言った記憶は無いし……そもそもここでの出来事を全部忘れてしまう一般人相手に、メッセージなんか残しても無意味なのは分かってるから……」
日向ちゃんの顔は困惑の色に染まりきっており、ウソをついているようには到底見えない。そもそも、私の懇願を聞き入れて先に折れてくれたのも、暁くんを説得してくれたのも日向ちゃんだ。この期に及んで何かを誤魔化そうとするとは思えなかった。それについては、暁くんも同意だという。
「じゃあ、あのメッセージって――」
しかし、私の言葉は最後まで続かなかった。
突如として全身を強烈な悪寒が走り抜け、同時に天の彼方から魂を揺さぶる咆哮が轟いたからだ。
恐る恐る音源の方を見れば、大通りの向かいに建っている半ばからへし折れたタワーマンションの廃墟に、金色の輝きを纏う巨体が降り立つ所だった。
狼。
マイクロバス程の大きさはあろうかという巨大な狼が、背後からの月光を弾いて冷ややかに輝く大剣を咥えてこちらを
そして、何より特異なのは、金狼の身体の上部に浮かぶ、天使のような円環の存在だった。良く目を凝らして見ると、それは金狼が咥えているものと同じデザインの大剣が、円の形に12本並んだものだった。
圧倒的な、強者の気配。一帯を席巻する凄絶なまでの“
昨日見た4本腕の白骨熊もかなりの迫力だったが、あの金狼はあらゆる意味で格の違う存在だと、一目で
「……にーさん」
「お出ましのようだな」
一方、私が必死に脚の震えを抑え込もうとしている中、暁兄妹は金狼の威圧などどこ吹く風という様子で前に進み出る。それどころか、金狼の身体を興味深そうに観察する余裕さえあるらしかった。
「
「剣が13本なのは何か意味があるのかな。……仮称は『
「採用」
そんな2人の何気ないやり取りに、私は膝の震えが収まっていくのを感じた。
「2人は……怖くないの?」
「今は特に。むしろ、ああいう明らかにヤバいのが出てきた時はチャンスなんだ」
チャンス……?と、私が疑問符を浮かべる中、金狼が次なるアクションを起こした。天を振り仰ぐような一発の咆哮と共に背中の円環が変形する。円環を構成している12本の大剣全てが切っ先を外側に向けるようにスライドし、巨大な花、あるいはイラスト化した太陽のような形になった。
次の瞬間、円環は全方位へ向けて金色のオーロラのような光の波動を放った。咄嗟に剣を抜いた暁くんたちが見えない盾のようなものを張り巡らしたが、波動は何事もなかったかのように私たちの身体を突き抜けて行く。しかし衝撃も痛みも熱も何も感じず、私は自分の身体を見回した。
「……あ、あれ。何ともない?」
「俺たちにはな……」
暁くんの険しい視線を追うと、そこには想像を超える光景が広がっていた。
金狼の足元に集っていた怪物たちが苦悶に呻き、見る間にその身体が金色の泥状に溶け崩れて行く。泥は不気味に蠢きながらその形状を変化させ、あれよあれよという間に金狼をダウンサイジングしたかのような狼へと生まれ変わった。金狼の再びの咆哮に呼応するように、新生した
「他の夢霊を強制的に自らの配下へと作り替える、か。また見慣れない力を使う」
「狼らしいといえばらしいのかもね」
「というかこれ私逃げられないんじゃ……」
手頃な素早さの白骨熊やダンゴムシと違い、あの狼たちは見るからに俊敏そうだ。脚には自信があるけど、流石に狼に勝てるとは思えない。
「そうならないよう、早めに仕留めるさ。さっきも言ったがこれはチャンスなんだ」
「あの明らかにヤバい狼は【
これは後で聞いた話だが、現夢境で夢霊が短時間の内に大量に倒されると、普段は何処かに潜んでいるこの【
そして、
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