第19話 イレギュラー・ガール

「本当に。何の冗談……?」


「バカな……」


 まさかの事態に混乱を極めている私の前で、銀光の少年と夢幻の少女が顔を見合せている。混乱しているのは2人も同じらしい。


 私の隣には誰もいない。どうやらおばあさんは無事に悪夢からの脱出を果たしたようで、それについては一先ず安心出来た。


「そもそもという時点で異常事態だというのに……この上【帰還リターン】まで効かないとは」


想定外イレギュラーが過ぎる。流石に」


 そんな私には理解の出来ない内容の話をしている2人を見て、私はハッとした。何が何やらまるでわからないが、これは2人と話をするチャンスではないか、と。さっき他に要救助者はいないみたいなことを言ってたはずだし。


「ねぇ、!!」


 私はカマを掛ける意味でも、2人が暁兄妹であると断定して呼びかけた。結果は……芳しくない。2人共黙って私を見つめ返して来るだけで、反応は薄かった。


「屋上では否定してたけど、2人なんでしょ!?答えてよ!!」


 尚も、言葉を重ねる。実のところ屋上での一件もあって暁兄妹とこの2人は同一人物だという確信は揺らぎ始めていたのだが、それでも、私の中の釈然としない部分が待ったをかけていた。


 私は、まだ諦めたくない。このチャンスを無駄にしたくない。


 すると――


「……はぁ」


 日向ちゃんが、ため息と共に天を仰いだ。


「……にーさん、観念しよう。これ以上誤魔化し続けるのは無理があると思う」


 その言葉は、紛れもない降伏宣言だった。


「だが……」


「気持ちは分かるよ。私だって先輩には平和に暮らして欲しいもの。でも……多分、先輩はもう後戻り出来る一線ボーダーを越えちゃってる。いや、もしかしたらそんなものは最初から無かったのかもしれないけど……。だったらいっそ、全部打ち明けた方が先輩のためになるよ」


 終始逡巡するような表情だった暁くんは、日向ちゃんのその言葉で遂に心を決めたようだった。一旦何かを堪えるように目を閉じて深呼吸をした後、


「わかった、降参だ」


「それじゃあ……!!」


「ああ、認めるよ。俺はあんたの隣の席の暁日人だし、こっちは1年6組にいる俺の妹の暁日向で間違いない」


 言質を取った……!と、私は心の中でガッツポーズをした。帰宅中に感じていたモヤモヤが一気に晴れて快晴になったかのような気分だった。昨日感じたリアリティは間違いじゃなかった。差し伸べてくれた手のひらの熱も幻想なんかじゃなかった……!!


「屋上では申し訳なかった。ああ言う以外にあんたを現夢境ここから遠ざける方法を咄嗟に思い付けなくてな……」


「ああ、ううん、気にしないで!それより……」


 私は周囲を改めて見回す。暁くんたちがこの場所との関わりを認めてくれた今、最優先で訪ねるべきはこの謎の空間についてだと思ったからだ。この場所はいったい何なのか、あの怪物たちは何者で、何故人間を襲うのかなど、欲しい知識は山ほどある。


「ここは何なの?絶対ただの悪夢じゃないよね」


「ああ。こうなった以上、俺たちには説明責任があるだろう。なるべく手短に済ますよう努力する」


 そうして、暁くんたちは教えてくれた。ここが眠っている人間にしか認識出来ない【現夢境】という異世界であること、あの怪物に接触された人間は現実の身体ごと消滅してしまう――つまりこの春音市に広がる神隠しの元凶であることなど、衝撃的な事実を次々と。


 更に、何やら私は2人にとって常識外れなことを色々やらかしていたらしいことが分かった。


 曰く、本来現夢境での記憶は目覚めると綺麗に消えてしまうはずだということ。


 曰く、一度現夢境から生還した人間は、その後暫く再び囚われる心配がないはずだったということ。


 そして何より、2人がおばあさんを現実に戻した術が、私に対しては効果を発揮しないという不可解に過ぎる結果。


「――一先ずは以上だ。あんたの特異体質を鑑みるに、この先も現夢境に囚われる機会は多くあるだろう。俺たちが正体を明かす気になったのは、あんたの安全を考えてのことでもあるんだ」


 あまりのことに私は頭を抱えたまま二の句が告げなくなってしまった。ずっと付き合って来たこの巻き込まれ体質は遂に行き着く所まで行ってしまったのではないか。まさか異世界にまで影響が及ぶとは。


(あれ……?)


 と、そこで私は違和感を覚えた。


 現実に戻ると現夢境での記憶を失う。それは暁くんたちにとっては常識だったはずだ。


 でもそれならば、昨日日向ちゃんが去り際に私に告げた“すぐにまた会える”というあの言葉は何だったのか。少なくともあの時点では、日向ちゃんはまだ私が記憶を現実に引き継げるということを知らなかったはずだし、普通の人間にあの言葉を残した所で、どうせ忘れてしまい意味がないということは理解していたと思うのだけれど……。


「ねぇ日向ちゃん。昨日言っていた、“すぐにまた会える”って、どういう意味?」


「………………え?」


 そう尋ねた私に返って来たのは、想像だにしない反応だった。


「…………私、そんなこと言ったんですか?」


 その明らかな困惑の表情に、私は何かがガラガラと崩れて行くような音を聞いた気がした。

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