第18話 ファンブル

 賭けに、勝った。


 私の顔を見て驚いたような表情を見せる推定クラスメイトの姿に安堵しながら、私はそう思った。遠くから連続して聞こえてくる爆音と咆哮から、戦闘が発生している――つまり、この2人が怪物を退治して回っていることに賭けて路地を走り抜けて来たのだけれど、その予想は見事に的中したらしい。私が一斗缶やガラスビンで出来る限り大きな音を鳴らそうとしていたのが功を奏したのかまでは、わからないが。


 それと同時に、右手から力が抜けて鉄筋が滑り落ちる。“勇者の剣”としての役割は終わった、と言わんばかりだった。


 そんな風に、張り詰めていた緊張の糸を緩めたのも束の間、月明かりを纏う少年が鋭く叫ぶ。


「伏せろ!」


 反射的にかがみ込んだ私とおばあさんの頭上を、何かが高速で通過して行った。見れば、私達の背後から迫っていた白骨熊の顔面に少年が持っていた剣が突き立っている。間髪を入れずに跳躍した少年の拳が剣の柄を叩くと、その鋭利な切っ先が怪物の後頭部まで貫通した。怪物の長い腕がダラリと垂れ、その巨体が弾け飛んで塵に還って行く。


 落ちて来た剣を器用に手の中で回しつつ腰の鞘に納めると、暁くんに限り無く良く似た白銀の少年はゆっくりと振り向いた。


「無事……みたいだな」


「ええ……はい……おかげ様で……」


 現実離れした光景の連続に、おばあさんは呆けたようになっていた。無理もないと思う。


「あなたは……?」


 おばあさんが発したその質問への答えは、私達の背後から聞こえた。いつの間にか路地の入り口に、燕尾服を着こなした日向ちゃんにそっくりな少女が立っている。


「単なる通りすがり。名乗る程のものじゃない」


 そう言うと、日向ちゃん(仮)は剣の納まった鞘を体の前でクルリと回し、下に向けたその切っ先で路面を叩く。


「今現夢境ここにいる迷い子ストレンジャーはこの2人で全部みたい」


「そうか。なら早いとこ送り帰してやらないとな」


「え」


 今、この2人は何て言った……?


 ……?


「か、帰れるのかい?」


「ああ、今からこの場所に囚われたあなたたちの意識を現世へと送還する。次に目を覚ますのはいつもの日常の中だ」


「まあ……!!」


 顔を輝かせるおばあさんの隣で、私は内心マズイと感じていた。もちろん本来なら諸手を挙げて喜ぶべき場面だ。私だってこんな危ない場所にいつまでもいたくはない。


 でも、私にはこの2人に聞きたいことと、伝えなきゃいけないことが山程ある。せっかくの機会を逃したくはない。


 しかし喜んでいるおばあさんの手前待ったをかけることも出来ず、あれよあれよという間に送還の儀式らしきものが始まってしまう。2人がアスファルトに接触させた鞘を起点に、光る時計の文字盤のようなものが私達の足元に広がった。


「お嬢ちゃん」


「はい!?」


 不意におばあさんから声をかけられ、私はビクリと肩を震わせた。


「ありがとうね。あなたには、勇気を貰ったよ」


「そんな!私は……」


「謙遜しなさんな。お嬢ちゃんが諦めなかったから、折れなかったからこそ、お嬢ちゃんも私もこうして無事でいられてるんだから。本当にありがとう」


「……はい。お元気で」


 私の返答にニコリと満足そうな笑みを返し、おばあさんは続けて前後を囲む推定暁兄妹にも順に礼を告げた。すると、頷いた暁くん(仮)の「明日は、良い夢を見られますよう」という言葉と共に文字盤が眩い程の光を放ち始める。


「あ、待って――!!」


 私は咄嗟に2人を制止しようとしたが、時既に遅し。


 光が広がり、視界が蒼白く染め上げられる――




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 永遠にも、一瞬だったようにも思える時間の後、徐々に眩い光が収まって行く。おばあさんは無事に帰れただろうか。私は部屋に戻れたのか。


「――んの――冗だ――?」


「どう――――だ……?」


 視界が戻り始めると共に、微かに人の話し声が聞こえてくる。でも、私の部屋には誰もいないはずだ。それとも、お母さん達が予定を変えて大学から戻って来たのだろうか?


 そんなことを考えていた私だったが――実際はそんな生易しい状況じゃなかったし、何よりも不可解に過ぎた。


 何しろ、回復した視界に映っていたのはだったし、肌に感じるのはだし、周りは安全な室内では無くだった。


「――――え……?」


 つまるところ、私はあの悪夢から脱出することが出来なかったのだった。


 

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