第17話 かくて少女はツキを呼ぶ
周囲が驚愕に包まれていた。
突然同類を吹っ飛ばされた残りのダンゴムシは硬直しているし、お婆さんはポカンと口を開けている。でも一番驚いていたのはこの状況を作り出した私自身だった。
中学の時に選抜リレーで陸上部の子とデッドヒートを繰り広げた時並みのスプリント力を発揮出来たことにも、去年出くわしたバスジャック犯の鼻っ柱に飛び膝蹴りを叩き込んだ時ばりの掛け声を放ったことにも。
しかし何より、
(身体……動いたなぁ……)
妙にスローな景色の中で、ぼんやりとそんな感想が浮かぶ。直前まで散々怪物には太刀打ち出来ないとか何とか考え続けていたはずが、ほとんど無意識の内にこの結果だ。多分、相手が昨日軽いトラウマを植え付けてくれたあの熊みたいな顔の奴だったとしても同じことになっていた気がする。
「お嬢ちゃんは、今朝の……」
「え、あれ、歩道橋のおばあさん?」
よく見れば、座り込んでいるのは登校中に荷物を肩代わりしたあのおばあさんだった。期せずして顔見知りに会えたことに安堵するべきか、それとも縁があった人がこんな場所に囚われてしまっていることを嘆くべきか。
ともあれ、あまりモタモタしている暇はない。既にダンゴムシたちは衝撃から立ち直り、庭木の剪定に使うハサミのような牙をガチガチと鳴らしながらにじり寄って来ている。アオダイショウを太くしたようなサイズ感で、今見ると中々威圧感のある見た目だった。さっき吹っ飛ばした奴にもダメージはなかったらしく、いつの間にか何食わぬ顔で戦線に復帰している。
「と、とにかく今は逃げましょう!」
私はおばあさんを助け起こすと、奥から爆音が鳴り響く手近な路地に駆け込んでいく。とはいえ、おばあさんのペースに合わせる必要があるのであまりスピードは出せない。ダンゴムシたちが比較的鈍足だったのが救いだった。
「ああもうしつこいなぁ!!」
いくら角を曲がろうとも追い縋って来るダンゴムシたちを少しでも足止めするべく、私はくずかごや積まれた段ボールなど、路地にあるものを手当たり次第に路面へ引き倒して障害物を作る。乗り越えることが出来なかったのか、やがて、ダンゴムシたちの立てるカサコソという足音は聞こえなくなった。
物陰に身を隠しながら小休止を試みる。私はともかく、おばあさんの体力が心配だ。田舎から1人で都会に上がって来られるくらいには健脚であるようだが、流石にこんな事態は想定外だろうし。
「……いざとなったら、私のことは見捨てて逃げなさい。どのみち老い先短い身なんだから」
「何言ってるんですか!まだ諦めるには早いですよ!!」
異常な状況に覚悟を決めたような表情をし始めてしまったおばあさんをなんとか励まそうとする。そう、まだ諦めるには、早い。
私も考え無しにこの路地に飛び込んだ訳じゃない。1種の賭けにはなるが、仮に負けても現状が悪化することはない(むしろ今が最悪に近い)ので、挑まない理由はなかった。
そして、もし勝つことが出来たなら――
「お、お嬢ちゃん!」
「っ!?」
おばあさんの切羽詰まったような叫び声に振り返れば、昨日遭遇した白骨熊の怪物が、脇道からヌッと顔を出した所だった。私の身長の5割増し程の図体は抜群の存在感で、気を抜くと簡単に気圧されそうだった。
「もうちょっと休憩させて欲しかったのに……!!」
震えそうな脚に喝を入れて再びおばあさんの手を引き、路地の更に奥へ逃げる。白骨熊の怪物は、滑るような不気味な動きで私達を追走して来た。幸いスピードはダンゴムシに毛が生えた程度なので逃げ切れなくはなさそうだったが、長い腕であっという間に即席バリケードをどかしてしまうため妨害の効果が薄い。
そして、尚悪いことに……
「!?……ちょっと、冗談でしょ……」
路地の出口で、別の白骨熊が待ち構えていた。背後から迫るモノよりもかなり小柄ではあるが、枯れ枝のような腕をゴールキーパーさながらに広げており、脇をすり抜けるのもままならない。
「このっ……あっちへ行け!!」
完全なる挟み撃ち。最早迷っているヒマはない。私は意を決して、手にした鉄筋を振り下ろした。ガキン!という硬質な音を立てて鉄筋が弾かれる。どうも長い腕による張り手で打ち返されたらしい。脆そうな見かけに依らずかなりの強度とパワーだった。
「――行けってば!!」
私は攻撃を反射されてたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直して攻撃を継続する。ただ、まともな打ち合いは不利なのでどちらかと言えば近付けさせないことが目的だった。
とはいえ、このままではいずれ後方から迫る大きい方の白骨熊に捕まるのは時間の問題だ。チラリと後ろを見れば、彼我の距離はもう20メートルもない。
「お嬢ちゃん、あなただけでも逃げなさい!私が囮になればまだ……!」
「嫌です……私は、まだ諦めたくない!!」
近くにあった空の一斗缶を投げつける。それは白骨熊の顔面に直撃し、くの字にひしゃげてアスファルトに転がった。周囲に甲高い音が響き渡る。私は続け様に欠けたビン類を投擲し、頭蓋骨のような頭に命中させた。
しかしいずれも怪物にダメージは無く、ただただ周りに音を散らすだけ。そもそも一切のリアクションが見られない辺り攻撃と認識されているかどうかさえ怪しかった。正しく、絶体絶命の状態。
だけど希望は捨てない。最後の瞬間まで、捨てちゃいけない。
何しろ、私は“ドラマティックな女”なので。こんな場面でこそ“ツキ”を呼べなければウソだろう。
そうだよね?と言う、自分に向けての問いかけの答えは、
横合いから飛んで来た白銀の煌めきに、怪物が吹き飛ばされるという形で示された――
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