第13話 夢中の再会

 雨のように降り注ぐ火球の群れの中を、俺たちはジグザグな軌道で走り抜ける。売り物だったのだろう玩具が散乱したおもちゃ屋の店先に陣取っている、ウミガメに似た大型の夢霊『弩弓亀バリスタートル』による弾幕だった。


 この夢霊は横倒しの円柱のような形をした甲羅に、共生関係にあるらしき邪ノ眼イビルアイの群れを砲塔代わりに格納しており、正面から見ると大量の目玉が並んでいるような不気味な見た目をしている。当然邪ノ眼イビルアイ共も大人しく収まっている奴らばかりではない。数体は周囲を艦載機のように飛び回り、機動力に乏しい母艦の死角をカバーするように火球によるオールレンジ攻撃を仕掛けてくる。


(時間を掛けるだけ不利になる相手だ)


 隣を走る日向と頷き合い、サーベルを構える。ここに至るまでの戦闘で、既に菫青石アイオライトは輝いていた。ウミガメを射程に収めるやいなや、その巨体を『流禍徹星ストリーム・ピアス』で正面から貫徹する。流星の如き超高速の突進突きを放つこの技を、動きの鈍い弩弓亀バリスタートルがかわせる道理はなかった。


 母艦が突然轟沈したことで統制を失った邪ノ眼イビルアイの群れを掃討し、俺たちは廃墟と化したおもちゃ屋に踏み込んだ。


「もう。出て来ても大丈夫」


 店内の暗がりに、日向が声をかける。すると、商品棚の陰から、小学校低学年くらいの男の子が恐る恐る顔を覗かせた。


「……ほんとう?ほんとうに、もう大丈夫?」


「うん。怖い怪物は、お姉ちゃんたちがやっつけちゃったから」


 日向の言葉に安堵を顔いっぱいに浮かべ、男の子は商品棚の陰から完全に姿を見せた。2歳くらいの、更に小さな女の子の手を引いている。2人共パジャマ姿で、靴下も靴も履いていない。


 現夢境に囚われてしまった子供たちだ。現在は夜の10時頃なので、早めにベッドに入った子供や老人が被害に遭いやすい。この2人は邪ノ眼イビルアイに追われている所を保護し、この店内に匿ったのだった。


「よく頑張ったね。お兄ちゃん。えらいえらい」


「……おねえちゃんは、ヒーローなの?」


 目線を合わせた日向に頭を撫でられながら、男の子が問いを発する。日向はそれを聞いて苦笑しながら、


「そうね……うん!私たちはヒーロー。悪い奴らを懲らしめるの」


「すごい!カッコいい!!」


 男の子の顔に光が溢れる。さっきまでの不安げな表情が嘘のようだった。


「ありがとう。さ、こんな怖い所からは早く帰らなきゃ、ね」


「うん!でも、どうやって……?」


「大丈夫。私たちが送ってあげるから」


 日向はそう言うと、鞘に収まったままのサーベルをクルリと回し、おもちゃ屋の床に突き立てた。子供たちの背後に回った俺もそれに倣い、鞘の先端で床を突く。すると子供たちの足元へ、複数の波紋と共に幻想的な輝きを放つ時計の文字盤が広がった。


「「【帰還リターン】」」


 唱えると、驚愕する男の子と、指を咥えたままきょとんとしている女の子が、溢れ出した蒼白い光の中に消えていった。俺たちが現夢境に入る時に使った、あの懐中時計の力で現世に戻ったのだ。


 【刻鳴針シンフォニア】。それ単体では殺傷力が無く、他の吸夢刃アブソーバーと共鳴してその力を写しとることで初めて戦力となる、特異な性質を持っていた。その本質は武器ではなく、現世とこの現夢境とを繋ぐ架け橋だ。俺たちは勿論、現夢境に囚われた無辜の人々にとっても生命線となる。


「ヒーロー。ね」


「その肩書きを名乗っていいのかは疑問だがな……さ、次の場所へ行こう」


 子供たちが帰っていった地点を見つめる日向を促しながら、俺はおもちゃ屋から外に出る。刻鳴針シンフォニアが変化したサーベルが、次なる救出対象の位置を示していた。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 朽チ熊フラジールベア鎧蟲シェルセクトの集団を蹴散らしながら大通りを東へ進むと、路地の手前で明るい黄色のガウンを羽織った老婦人を後ろ手に庇いながら、拾った鉄筋と思しき金属の棒で小型の朽チ熊フラジールベアを牽制している少女の姿が遠目に見えた。


「このっ――このっ!――あっちへ行け!行けってば――!!」


 途切れ途切れに、少女の叫びが耳に届く。心なしか聞き覚えのある声のような気もしたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。俺は疾走する勢いのまま飛び蹴りを叩き込んで朽チ熊フラジールベアを弾き飛ばす。


「大丈夫か!?」


 視界の端で日向が飛んでいった朽チ熊フラジールベアに止めを刺すのを確認しながら、俺は老婦人と、夢霊へ立ち向かった勇敢な少女へ呼び掛ける。


 そして、思わず驚愕に身を固めた。


 日向以上の長い黒髪に、平均より高めのスレンダーな肢体。一見すると清楚系美少女といった外見だが、しかしその瞳には数々の修羅場をくぐり抜けて来た歴戦の猛者のような輝きを宿している。昨晩も、昼間も目にした冷や汗の光るその顔には、驚きと安心感がない交ぜになったような微笑が浮かんでいた。


(きざ……はし……!?)


 予想だにしていなかったクラスメイトとの邂逅に、俺は致命的な言葉を何とか飲み込んだのだった。

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