第12話 蒼輝の二〈アクアマリン・ツー〉

「頃合いだ」


 周囲を舞う朽チ熊フラジールベアの残骸の中、俺はヤモリと虫の攻撃の隙をついて上空に夢力の塊を打ち上げる。夢力塊はしばらくすると爆音と共に夜空へ青い花を咲かせ、周囲の夢霊たちを一瞬硬直させた。だが、この花火は夢霊共を怯ませるためのものではない。


 程なくして、西の空に青い花火、次いで赤い花火が打ち上がった。言うまでもなく日向からの返答だ。意味合いは青が“準備完了”。そして赤は“決行する”。


 赤が打ち上げられた以上、日向はすぐにでも夢霊共を引き連れてキルポイントへの誘導を始めるだろう。俺も赤い花火で返答し、直後に突っ込んで来た鎧蟲シェルセクトが破砕したアスファルトの欠片をヤモリへと打ち飛ばして挑発する。


 欠片を眼の付近に受けた八踏蛇竜オクタニュートが逆上して咆哮するのを尻目に、俺は夢力による身体能力の強化を全開にして2車線道路を西へ駆け出した。怒号と共に俺を猛追する夢霊共は体格と八脚により踏破能力の高い八踏蛇竜オクタニュートが先頭を走り、その周りを鎧蟲シェルセクトの群れが薄羽を振るわせながらヘリコプターのように随伴する。


 俺は背後から伸びてくる炎の舌をかわしながらボロボロのアスファルト上をひた走った。時折放置され風化した車を飛び越えたり、陥没した歩道の穴へ飛び込んで塹壕代わりにしたりと、地形もフルに利用しながら追撃をいなしていく。クラスでの自己紹介で趣味だと言ったパルクールはこういった場面での体さばきの練習に役立っていた。


 虫の突進を歩道橋の橋脚へ誘導して激突させ、錆びにまみれたバス停の看板を盾に炎の舌を回避する。看板に印字された消えかけの『市役所前』という文字が、火炎に巻かれて溶け落ちて行ったのが視界の端に映った。目的地キルポイントである、市役所の広場に着いたのだ。


 見れば、日向が前方から、大小様々な夢霊の集団を引き連れて走って来る。互いを認識した俺たちは、頷き合うと右手のサーベルを真横に伸ばした。


「――【蒼輝の二アクアマリン・ツー】」


「――【完全同調フルシンクロ】」


 言葉に呼応して、サーベルの宝石から放たれた目映い蒼光が刀身を包み込む。そうして俺たちは、すれ違い様に互いの左手を繋ぎ合って急制動を掛けた。残留した運動エネルギーにより、俺たちの体は円を描くように回転し始める。


 やがてサーベルの剣先から強烈な水流が放たれ、俺たちは回転運動を加速させながら上昇し始めた。水流が渦を巻き、空中に美しい螺旋模様を描き出す。俺たちは螺旋の頂点で手を放すと、蒼白い輝きを湛えたサーベルを揃って天に掲げた。眼下には、俺たちを捉え損ねて恨めしげにこちら見上げて来る夢霊の群れ。奴らは見事に、水の螺旋の中心に収まっていた。


 そして――螺旋が、堕ちる。


「――【禍流葬礼カスケード・サイクロン】」


 俺たちがサーベルを振り下ろすのと同時に、夜空を彩っていた激流の螺旋が地上に向けて殺到した。猛り狂う水の渦は取り込んだ夢霊共の身体を削り、捻り斬り、互いに衝突させてはバラバラに粉砕していく。


 そしてはげしい水の流れがようやく収まると、そこに集っていた夢霊共の姿は無く、ただただ凪いだ水面みなもだけが残されていた。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「にーさん。お疲れ様」


「そっちも」


 日向とハイタッチを交わしながら、ゆっくりと地上に降下する。妹は俺以上の数の夢霊を引き連れて来ていたようだが、涼しい顔をしていた。


「にーさんの方には八踏蛇竜オクタニュートがいたのね……苦労したんじゃない?」


「あそこまで背中に目が欲しくなった時もそうそうないだろうな。お前こそかなりの数を相手してたみたいだが」


「どれだけいても烏合の衆。準備運動にもならなかった」


「流石だな」


 日向の肩を軽く叩きながら、水溜まりに背を向けて南に進路を取る。まだ、戦いは終わっていない。日向の言う通り、ここまではまだ準備運動ですらなかった。


 直に眠りに就いて、現夢境に囚われる人々が出てくる。それまでに、奴らの数を可能な限り減らしておかなければ。

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