第7話 来宵の放課後アタック

「んん~……やぁっと終わったねぇ……」


 放課後、昇降口から外に出た綺沙良が大きく伸びをした。あらゆる方向からの視線を吸い寄せる2つの巨大なふくらみがゆさっと縦に揺れる。私では発生し得ない現象だ。解せぬ。


 結局、暁くんに例の話をする機会は訪れなかった。内容が内容だけに衆人環視の状況で話すのは躊躇われた(最悪暁くんも纏めて変な人扱いされかねない)ので、なんとか2人だけになれないかと思っていたのだけれど、午後も部活の勧誘やら何やらで常に誰かしら暁くんの周りに人がいる状態だったのだ。


 もちろん暫く経てばこの騒動も落ち着きを見せるだろうけど、出来れば明日中には片を付けてしまいたかった。


 というのも――


「そういえば明後日からゴールデンウィークだけどさ。もしこよいっちに用事がなければ、めいめいも誘って3人でどこか遊びに行こうかなって思うんだけど、どう?」


 そう、ゴールデンウィークが始まってしまうからだ。しかも今年は5連休のため、明日を逃せば暫く会話の機会が失われることになる。時間が経てばどんどん話を切り出しにくくなってしまうことだろう。なんとかしなければならなかった。


「うん、もちろん大丈夫」


「良かった良かった。じゃあ後でめいめいにも話しておかないとね」


「そうだね」


 私は校舎の方にチラリと目をやった。いつもは鳴衣も一緒に帰るのだが、今日は文芸部の部会で遅くなるので、先に帰っていて欲しいと言われていた。因みに私と綺沙良は共に帰宅部だった。一応2人でキラペディアとしての情報収集活動をしたりはするのでそれが部活みたいなものと言えるか。


(あれ……?)


 その時、私の目に飛び込んで来たものがあった。


「綺沙良ごめん。急用出来た!」


「ええ?どうしたの急に……」


 綺沙良は私の視線を追い、「ああ……」と何かを察したように頷いた。


「これはこれは……勇者こよいよ、遂に決戦の地へ赴くのじゃな?」


「いやそんなに仰々しい訳じゃないけど……とにかく、先に帰っててくれるかな」


「いさいしょーち!グッドラック……」


 キメ顔で親指を立て、綺沙良はそのまま帰路に着いた。私は校内に取って返すと、急いで階段を駆け上がる。


 降って湧いたようなこの幸運は、もしや私の体質が招き寄せたものだろうか。いや、この際それはどうでもいい。


 この期を逃してなるものか、と、私は一路屋上を目指した。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 屋上への扉を、勢い良く開く。目に飛び込んで来るのは、一面の緑。小規模のビオトープとなっているこの場所にはベンチや池などもあり、生徒たちの憩いの場所となっていた。


 そんな屋上の端、ドームの上半分を切り取ったかのように内側へ曲面を描く、高いアクリルの落下防止壁の前に、1組の男女がいる。私は急いでその2人に駆け寄って行った。


「えっと……きざはし……さん?」


 男女の片割れ――暁くんが、私の姿を認めて切れ長の瞳をパチクリとさせる。完全に虚を突かれたような表情だった。


「あ。先輩……お疲れ様です」


 壁の方を向いていた日向ちゃんが、振り向きながら軽くお辞儀をした。その白い手には、何やら重厚な銀色の物――かなり値が張りそうな双眼鏡だ――が握られている。


「あの……2人に……伝えないと……いけない、ことが……」


「待て待てまずは呼吸を整えろ。別に逃げやしないから……」


 暁くんに促され、深呼吸をする。緑化のおかげか空気が美味しい。息を整えている間に、意図せずして心の準備も出来た。


 そして――


「昨日は、助けてくれてありがとう!!」


 私は、昨夜伝えられなかったことを、遂に言葉にすることが出来た。あの時、声に出せなかった分まで、存分に心を吐き出して行く。突然訳のわからない場所に放り込まれた不安、異形の怪物に襲われ掛けた時の例えようもない恐怖、そして、2人に出会えて感じた、安堵まで、全てを。


「ああ……すまない」


 ところが、そこで私は、予想だにしなかった言葉を聞いた。




「その……全く、身に覚えが無いんだが……」




……………………え?

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