第6話 暁日向の来訪と、情報提供
突然の来訪で教室を湧かせた暁くんの妹……日向ちゃんは、鳴衣に会釈を残しながら女子たちに手を引かれて行った。
「ちょっと目を離した隙ににーさんがハーレムを築いていた件」
「人聞きの悪いことを言うな……」
そんなやり取りを暁くんとしながら、日向ちゃんは女子の輪に取り込まれて行く。
「いやいや、2人並ぶと画になるねぇ……」
「創作意欲が……私の魂があの2人を文章に起こせと囁いているの……」
綺沙良がしみじみと呟く隣で、近場の椅子を引っ張って来た鳴衣が右腕を押さえて震えていた。彼女は微妙に中学2年生が抜け切っていないのだ。
「あ、そうだ。危うくうやむやになる所だったよ……取り引きを続けようじゃないか」
「取り引き、とは」
千切れかけのメロンパンを目にしてさっきまでの会話を思い出したのか、綺沙良が怪しい雰囲気でマフィアの交渉人みたいなセリフを宣う。隣の鳴衣が興味津々な顔をしているのもお構い無しだった。
因みに鳴衣はキラペディアの常連客だが正体は知らない――いや、おそらく感付いてはいるが敢えて知らないフリをしている節がある。謎の情報屋はあくまで“謎”のままでいて欲しい、といった所だろうか。
「それがですね、この子は我々が知らない転校生の情報を持っているそうなのですよ。あのキラペディアでさえも知らないやつだとか……」
「それはー……私も、聞きたいなぁ?」
鳴衣が眼鏡をギラリと光らせてこちらを見た。溢れんばかりの創作欲求に右腕の振動が勢いを増している。こわい。
「わかった、わかったから落ち着こう、ね!」
目前まで迫っていた鳴衣の顔をなんとか下がらせ、私は咳払いをする。
「一応最初に言っておくけど、今から話すのは『信じるか信じないかは、あなた次第です』とか、そういう類いの話だからね?本当にいいのね?特に綺沙良」
「ガセが怖くて噂話が聞けるかっての」
私が忠告すると、綺沙良は不敵な笑みを見せ、鳴衣はただただ急かすような視線を送って来る。ならばもはや躊躇う必要はない。
そして、私は昨晩の体験を語った。明晰夢を見たこと、得体の知れない怪物に襲われかけたこと、そして――超常的な力を使う暁兄妹と思しき2人組に助けられたことなどを、包み隠さずに。
話が進むごとに、鳴衣は興奮度合いを増していつの間にか手にしていたメモへ書き込むスピードが上昇し、逆に綺沙良の顔には困惑が深まっていった。
「大いに参考になったありがとうこれはほんのお礼」
私が語り終えると、鳴衣は真っ黒になったメモを握りしめたまま爆速でそれだけ言い残し風のように教室から出て行った。情報料として4分の1サイズにカットされたメロンパンだけが、彼女がここにいたことを示している。普段はカタツムリ並のスピード感だというのに、ちょっとでも創作が絡むとこの有り様だ。この緩急の激しさに完璧に付き合えるのは私と綺沙良くらいなものだろう。
余談だが、鳴衣からすると私は“退屈な日常を極彩色に染め上げる女”らしい。“彩りを添える”とか、そんな広告の謳い文句レベルじゃなかった。まあ、確かに私は創作のネタとして一級品なのだろう。不本意ながら。
「う~~~~ん……」
一方キラペディアさまは、頭を抱えて呻いていらっしゃった。無理もない。親友がなんか電波なことを話し始めたら私だって困惑する。
なりふり構っていられないと言うから話したが……流石に荒唐無稽過ぎたかな。
「こよいっちよ……キミはいつの間に夢の中まで干渉出来るようになったんだい?」
「別に干渉してる訳じゃ……綺沙良は信じてくれるの?」
「そりゃ他ならぬこよいっちが話すことですし?ただまあ……これは売り物にはならないかなぁ。裏取りのしようがないもん」
綺沙良はあやふやな情報は絶対に売らない。単なる噂話程度のものだったとしても徹底的に裏を取ってから提供する。「情報屋は何よりも確度が大事。それが信用に繋がる」とは綺沙良の弁だ。
「とはいえ、全く実にならない話でもなかったと思うよ。今聞いた話だけだと荒唐無稽かもしれないけどさ……ほら、今は同じ睡眠関連で別のニュースもあることだし?」
「……それってあれ?“寝てる間に人がいなくなる”っていう」
「そうそう!まさにそれ」
それは、ここ最近になってこの街で発生するようになった謎の現象だった。睡眠中の人間が、突然失踪する。前触れは無く、痕跡も無い。巷では神隠しだと騒がれていた。
「このご時世で変な夢を見たなんて言ったら、絶対神隠しと関連付けて考える人はいるって。だからそういう意味では美味しい情報だと思う。情報料分の価値はあったさ」
私はオカ研じゃないから深堀りはしないけど!と締めくくって、綺沙良はメロンパンにかぶりついた。
「そっか……」
私はそう呟きながら、綺沙良が言ったことについて考えていた。
神隠しと、昨日の悪夢。
本当に、関連性があるとしたら……
(私……実はかなり危ない状況だった……?)
今更ながらに悪寒が襲って来て、私は小さく身震いするのだった。
余談だが、後に昼休みが終わって教室に戻って来た男子たちは、日向ちゃんに出会うチャンスを逃して血の涙を流したそうな。
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